21.愛妾
婚約パーティーに参加してからというものオーウェンの様子がおかしい。話しかけても上の空で返事も素っ気ない。
「オーウェンは?」
「朝早くからどこから行かれてしまいました」
執事も騎士も知らないと首を振る。領地の視察にでも行っているのかと思っていたがどうも違うようだ。会話も減ったし、食卓につかない日もあった。
どうしたのかしら?帰ってきたら話を聞かないといけないわ。
「オーウェン様がお戻りになられました」
メイドの知らせを受け、ファミリールームに向かうと見知った女性がオーウェンのすぐ隣に座っている。
「シャーロット様?どうなさったの?」
驚いて尋ねると、シャーロットは困ったような、はにかんだような何とも言えない表情をした。
「あ、ベアトリス様。その…」
「今日から彼女もここに住むことになった」
「何ですって?」
よく見ると、オーウェンが彼女の肩を抱いている。
シャーロットは恥ずかしそうに俯いているが、顔には嬉しさがこみあげている。
「……どういうことかしら?」
「そのままの意味だ。食事も彼女と摂る。君は自由にしてくれていい。くれぐれもシャーロットを邪険に扱ったりするなよ」
睨むような目でベアトリスに釘を刺したオーウェンに、シャーロットが慌てる。
「そんな!私のことはいいんです。私が二人の間に割って入ってしまったんですから」
「何を言うんだ。シャーロットに隣にいて欲しいと願ったのは俺だ。ベアトリスには悪いけれど、俺が愛しているのはシャーロットだけだ」
「オーウェン…」
オーウェンですって?名前で呼ぶほど親しくなったっていうの?
予想外の出来事に言葉が出てこない。
それを見たシャーロットが大きな瞳を潤めた。
「ごめんなさい、ベアトリス様!私、オーウェンを愛しているんです!ずっとずっと好きだった!もう自分の気持ちに嘘を吐きたくない。正妻になりたいなんて思っていません。愛妾でもいいから隣にいたいんです」
ごめんなさいと繰り返すシャーロットの頬が涙で濡れてよりその肌の白さを強調した。
「シャーロット。泣かないで」
オーウェンが横から彼女を抱きしめ頬の涙を拭うと、二人は愛しそうにお互いを見つめ合う。
「もういいだろう?君は君で自由に暮らすといい。愛人を連れ込んでも構わないし、城から出て行ってくれてもいい」
ベアトリスの片眉がピクリと動いた。
「出て行ってくれてもいいですって?領地の管理はどうするのよ?」
「管理くらい俺一人でもできる。元々君は必要なかったんだよ。シャーロットもいるしね」
必要なかった…?視察も帳簿の確認も人脈作りも税の計算も今まで一緒にやってきたこと全部…。
ベアトリスは唇を噛み締め、ギュッと目を閉じた。
落ち着かせるように一つ大きくため息を吐く。
「…分かったわ。好きになさい」
部屋を出る時も二人は幸せそうに互いから目を逸らさない。何も言わずにドアを閉めた途端、ベアトリスの口からまたしても、ため息が漏れた。
数日後には馬車三台分のシャーロットの荷物が城に運び込まれた。
シャーロットが当然のようにオーウェンの横にいるのを目にし、使用人たちもすぐに事情を察した。愛妾は珍しくない。
そしてそれが日常となった。
「ねえ、このドレスにはどのアクセサリーが似合うかしら?」
これまではベアトリスとオーウェンだけが使っていたファミリールームを、我が物顔でシャーロットが使っている。刺繍の細かい白いドレスを着て、右から左から鏡に映る自分を確認する。
べったりと彼女にくっついたオーウェンがずらりと並んだ宝石の一つを指さした。ピンクダイヤモンドのネックレスが光っている。
「これは?可憐なシャーロットに似合いそうだ」
「オーウェンが言うのならこれにする!」
美しいものが大好きだという彼女に、オーウェンは何着ものドレスや宝石を与えた。
「明日、シャーロットが見たいと言っていた観劇に行く?」
「本当?人気で観に行けなかったから嬉しい!」
「このくらい何てことないよ。食事も向こうでしようか?」
「うん!」
シャーロットはオーウェンに抱きついた。そのまま胸に顔を埋める。
「どうしよう、幸せ過ぎて泣きそう」
「まだまだ泣くには早いよ。もっとシャーロットとしたいことが沢山あるんだから」
「うん!ありがとう!」
頬をピンクに染め、はじけるような笑顔をオーウェンに向けた。
「ねえ、今日のパーティーはベアトリス様と一緒に参加するんでしょう?」
「…シャーロット。ごめんね。こればかりは彼女と参加しないといけない。でもシャーロットが望むなら俺は彼女との結婚を白紙に戻すよ。幸い教会のフランクリンは金で動く男だ。いつだって」
「ううん!その気持ちだけで充分!私はあなたと一緒にいられるだけで幸せなの」
オーウェンの胸に顔を埋め、切な気に目を閉じた。
瞼の裏に父や兄とのやり取りが蘇る。
「いいかい、シャーロット。オーウェン殿下とベアトリス嬢を別れさせてはいけないよ。ベアトリス嬢がスノー公爵の跡を継げば、スノー公爵領は実質オーウェン殿下のものになるんだから」
「でも法律上はベアトリス様の所有だ。別れさせてシャーロットが正妻になった方がいい。オーウェン殿下に頼めば王家の領地をくださるさ」
兄のロバートはあくまでシャーロットの気持ちを優先するが、父が退けた。
「いいや。どうせベアトリス嬢だけでは領地を守り切れないさ。難癖をつけて法廷に持ち込めばオーウェン殿下の支配が可能になる。お前は将来、王家もスノー公爵家も手にできるんだよ、シャーロット」
「お父様、私はそんなこと望んでいないわ。オーウェンの愛さえ手に入ればいいの。それにそんなこと…。ベアトリス様に申し訳ないわ」
「ああ、シャーロット。お前は優しい子だね。私たちの自慢だよ。だからこそ神がチャンスをくださったのさ」
オーウェンの腕の中で、シャーロットのベアトリスに対する罪悪感は薄れていっていた。
領地なんていらないの。ただオーウェンを独り占めしたい。でも領地が手に入ればお父様もお兄様ももっと幸せになれるわ。我がままを言っては駄目よね…。




