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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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19/41

19.春を待つお茶会

「ベアトリス様、お部屋に飾る絵画はどれになさいますか?」


 メイドが五枚の絵を並べ、ベアトリスの指示を仰ぐ。

 騎乗槍試合の熱気が冷めてきた頃で、今度はお茶会で楽しんでもらおうと準備中だ。


「そうねえ、淡いピンク色の応接間を使うことにしたから、ロマンティックなこちらかしら」


 祈る女性の後ろでキューピッドが微笑みながら羽を動かしている作品を指さした。


「いいですね!女性だけのお茶会ですし。ではティーカップはどうしましょう?」


 十種類以上あるティーセットを広げ、しばし思案する。色や柄、形までまちまちだ。


「初めての方もいらっしゃるし、斬新なデザインの物より定番の花柄にするわ。色はそうねえ、黄色?ピンク?赤もいいわね」

「渋みが控えめで香りのよい茶葉をご用意しています」

「そう。それなら飲み口が広いこちらにしましょうか」


 持ち手と縁取りに金が使われている以外はシンプルな白色のティーカップだが、中を覗くと花が咲き誇っているデザインのものを選んだ。


「当日は温室からお花を取ってきて飾ってね」


 公的なお茶会では女主人としての資質が試される。部屋、絵画、花、ティーセット、茶葉、お菓子に至るまでどれ一つとして気を抜いてはいけない。


 そうして本番を迎える。




 雪が舞う中、次々と招待客が訪れた。


「本日はお招きありがとうございます、ベアトリス様」

「まあ、モリーナ様、シャーロット様。お待ちしていましたわ」

「来てあげたわよ」

「あらカミラじゃない。無理しなくても良かったのに」


 ばちっと火花が飛んだところで侯爵家の友人二人も顔を出し、招待した五人が顔を揃えた。令嬢たちは自慢のドレスと香水を纏い、優雅に一人掛けのソファに座る。

 淡いピンクの部屋は天井近くに横長の窓があるだけで、外からは誰にも見られないようになっている。程よい狭さが令嬢たちの距離を近づけ、会話が弾みやすい。


 丸テーブルに使用人がお皿と三段ティースタンドを並べていくとバターと砂糖の良い香りが漂った。準備を終えた彼らは部屋の外へと出ていく。


「本日はお越しいただきありがとう。楽しんでいってね。茶葉は何がいいかしら?」

「お任せします」


 ベアトリスが茶葉を選び、順にお湯を注いでいく。

 暖炉の火がばちっと音を立てて燃えた。


「どうぞ」


 ベアトリスが用意したお茶を全員が口にする。


「とっても飲みやすいです」

「誰でも飲みやすい茶葉を選んだの。スパイスやジャムもあるからご自由にお使いになってね」

「ありがとうございます。テーブルの上にこんなにお花があるなんて感動しました」


 目の前に飾られた色とりどりの花を見て、モリーナが感嘆する。


「外は凍えるようでしょう?だから少しでも温かさを感じてもらいたくてテーブルコーディネートのテーマを『春』にしたの」

「ああ、だからこのティーセットなのね」


 カミラが納得したようにカップを見つめた。


「ええ。今は冬で花が枯れてしまっているけれど、すぐに春が来て美しい花を咲かせてくれるわ」


 お茶が注がれている時はカップの中に描かれた花は茶色。でも飲んでいくうちに色鮮やかな花が現れる。モリード窯で特注したお気に入りの一つだ。


 すぐに意図に気づくなんてさすがカミラね。そういうところは褒めてあげるわ。


「ここのティーセットは私も幾つか持っているわ。他にはない繊細さがあるのよね。デザインも凝っているし」

「春と言えば、あちらの絵画もとても温かい気持ちになります」


 話題がティーセットから絵画へと移り、それぞれがお気に入りの画家や作品を語っていく。好みやこだわりが見えて勉強になる。これぞ社交の醍醐味だと熱く語り合っていたところで、シャーロットが話題を変えた。


「あの、オーウェン殿下は、本日はどちらに?」

「オーウェン?彼なら視察に行っているわ。なぜ?」


 唐突な話題に不思議そうな顔をしたベアトリスに、シャーロットが説明する。


「あ、私、実はオーウェン殿下を昔から知っていて」

「あら、そうなの?」

「はい!留学先で何度かご一緒させていただいたのです」


 シャーロットの陶器のような肌に赤みが差した。


「まあシャーロット様もご留学を?」

「いえ。私は兄の付き添いです。男性たちに囲まれて困っていた時に助けてもらったんです。まさか憧れのベアトリス様とご結婚されるだなんて。お二人は私の理想です」

「ありがとう。シャーロット様。なんだか照れるわ。お茶のお代わりはいかが?」


 新しい茶葉で淹れ直し、新しいティーカップにまた話題が移る。途切れることのない会話はお茶会の成功を意味した。





「ベアトリス、お茶会はどうだったの?」

「大成功だったわ!」


 食事を終え、部屋には熟成度合いの違う三種の白カビのチーズが、ワインのおともに用意されている。同じ産地の食べ物とワインは相性が良いということで、今回は両方マリート地方の名産だ。

 ベアトリスはチーズを楽しんだ後、脇に添えられたベリーを口に含んだ。


「なら良かった。気合入れていたもんね」

「当然よ。隅々までチェックされるんだから」

「それは大変だ。お疲れ様」

「そう言えば、あなた、シャーロット様と友人関係だったの?」


 何の気なしのベアトリスの質問に、ぴくっとオーウェンのグラスを持つ手が動いた。


「どうして?」

「シャーロット様が仰っていたのよ。あなたに助けてもらったことがあるって」

「そんなことしたかな?パーティーにいたことは微かに覚えているけどね。シャーロット嬢には内緒ね」


 ほとんど話した記憶がない。ただ、じっとりと纏わりついてくる鬱陶しい視線には気づいていた。兄の後ろに隠れてこちらを伺っていた彼女が、まさかベアトリスのお茶会に参加するなんて。


「でもお茶会でそんな話、普通はしないけどね。パーティーで二人揃っている時に言えばいいのに」

「ちょうど思い出したのでしょう」


 ベアトリスは気にせずワインを堪能している。

 オーウェンは嫌な気分を振り払うように、ベアトリスの肩を抱き寄せ、すり寄る。


「ねえ、食べさせて」


 あーんと口を開ける。


「甘えたね。いいわ。特別よ」


 蜂蜜を垂らしたチーズを、フォークで刺し、隣に座るオーウェンの口元へと運んだ。


「美味しい?」

「美味しい。けど、蜂蜜より胡椒がいいな」

「お子様にはお似合いでしょ」

「お子様じゃないし」

「はいはい」


 くすくす笑いながら、ムゥとするオーウェンの頭を撫でた。

 チーズを食べ終えてもまだ寝るには早い時間だ。


「バイオリンでも弾く?」

「いいわね!」


 お互いにバイオリンを手にし、オーウェンのカウントで弾き始める。

 互いに腕を見せつけるように競い合った。どちらからともなく目を合わせ、挑発する。

 その音が次第に重なり溶け合っていった。不思議な感覚だ。


 楽しい!


 二人だけの演奏会は夜中まで続いた。




 ☆




「シャーロット。王太子妃のお茶会に参加したんだって?」


 シャーロットがメイドと話していると兄がひょっこりと顔を出した。


「ロバートお兄様!そうなの。とっても楽しかった!あんなに身分の高い方々とご一緒できるなんて夢みたい」

「ベアトリス様は性格がきつそうだ。虐められなかったかい?」

「当たり前よ!とても良い人なの!モリーナの友人だからって子爵家の私まで招待してくださるなんて。お菓子も紅茶もとっても美味しかった」

「それなら良かった。心配していたんだ。さ、暖炉で温まろう」


 ダイニングにある小さな暖炉の前でお茶会の出来事を兄に語る。その顔はとても楽しそうで、ロバートは安心する。


「ここにいたのか」

「お父様!」


 立ち上がって父に抱きつく。父も加わり、シャーロットを真ん中にして三人で暖炉の前のソファに座った。母が亡くなってから二人は余計にシャーロットを溺愛した。

 テーブルにはお茶が用意され、薪が爆ぜる音を聞きながら寛ぐ。


「可愛いシャーロット。お茶会はどうだった?」

「とっても素敵だったの!お部屋も皆様のドレスもうっとりしちゃった」

「そうか。憧れのオーウェン殿下には会えたのかい?」

「いいえ。オーウェン殿下はいらっしゃらなかったの。でもベアトリス様に会えたから」

「モリーナ嬢にすっかり毒されているな」


 ロバートが苦笑する。


「ええ!凛とされていてお美しくて私の憧れなの。オーウェン殿下ともとても仲が良さそうだし」


 少し元気のなくなったシャーロットの肩を父が抱く。


「もし、もしだよ、シャーロット。オーウェン殿下がシャーロットを好きになってくれたらどうする?」

「止めてよ、お父様!そんな有り得ないこと…。私はお二人を見られるだけで十分なの」


 目線を落としたシャーロットの頬に長い睫毛の影ができ、それが嘘であることは二人にも分かった。父と兄が顔を見合わせる。


「愛しいシャーロット。私はお前の為なら何でもできるんだ。魔法の薬を手に入れた!これがあればオーウェン殿下の心が手に入るよ」


 父がかざした二センチほどの小瓶に釘付けになる。中には透明の液体が入っていた。


「…本当?」

「ああ、本当だとも。世界一美しいお前こそオーウェン殿下に相応しいのだから」



 シャーロットの大きな瞳が揺れる。まるで魅入られたように小瓶から目を離せなくなった。




現代とは常識などが異なるところがございます。お酒は二十歳になってから。

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