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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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18/41

18.馬上槍試合、決勝戦

 決勝戦までの休憩時間、ベアトリスたちは優雅にお茶を楽しんでいた。


「皆カッコよかったわね」


 ベアトリスの言葉にピクリとオーウェンの耳が動く。


「俺も出たかったのに」

「あなた騎士訓練受けたことあるの?」

「一応、俺、王族だよ?当然あるよ。参加することになったら俺の応援だけしてね」


 はいはい、とベアトリスが苦笑する。


 貴族席がざわつき始め、何事かと首を後ろに向けるとラースが立っていた。令嬢たちが頬を染めヒソヒソ話を始める。


「ラース!どうしたの?」


 嫌な予感にオーウェンの目つきが鋭くなった。イザベラはお茶が入ったカップを口につけ、その様子を静かに見守る。


 ラースがベアトリスの前で片膝をついてしゃがみこんだ。


「ベアトリス様。決勝の前に私に何かをいただけませんでしょうか?図々しい願いだという事は重々承知しています。それでも私はあなたに勝利を捧げたい。どうかお願いを聞いてはくれませんか?」


 馬上槍試合では、多くの騎士たちが思い人の持ち物を身につけて戦いに挑んでいる。


「おい、ふざけるな!図々しいにも程がある」


 険しい顔のオーウェンを気にも留めず、ラースはベアトリスに向かって話し続ける。


「勿論、あなた様の気持ちが欲しいと望んでいるのではありません。ただベアトリス様にいただいた物があれば勝てる気がするのです」


 ベアトリスはオーウェンとラースを交互に視野に入れた。


 いや、ここまで怒り心頭のオーウェンの前で贈り物をするのはまずいわ…。


「あのね、ラース」

「いいじゃない、お姉様」


 断ろうとしたベアトリスをイザベラが止める。


「イザベラ?」

「私の友人も恋愛感情はないけど友情はあるからってハンカチを数枚用意していたわ。深刻に考える必要なんてないのよ。ラースにはいつもお世話になっているでしょう?そのお礼と思えばいいの。オーウェンお兄様も義理のハンカチにそこまでお怒りにならないわよ。ね?」


 無言になったオーウェンを横目に、ベアトリスもそれならと持っていた白いレースのハンカチを差しだした。


「そうね。ラース。これをあなたにあげるわ。ラースにはいつも助けてもらっているから、そのお礼よ。ありがとう。でも恋愛感情はないわよ?」

「構いません。ありがとうございます。ベアトリス様。あなたの為に必ず優勝します」


 ラースの誓いに、後ろから野太い声が水を差した。


「それは、それは!勝利宣言にはちーっと早いんでないかい?」

「ステン!」


 貴族席の入り口からこちらへと向かってくる。決勝に進む二人の対面に、客席が大いに沸いた。興奮した令嬢たちが声にならない悲鳴を上げ、互いに抱き合っている。


「決勝戦の前に広場を抜け出そうとするから、逃げるんじゃないかと心配になってな」

「誰が逃げるか」

「ベアトリス様、酷いじゃないですか。ラースにだけハンカチをあげるなんて」


 ラースが握りしめているハンカチを覗き込み、ベアトリスへと視線を戻した。


「ステンも欲しい?でも一枚しかないわ。そもそも私、あなたから贈り物を貰っていないし。誰にあげたの?」

「俺ですか?俺はいつもアイリス様にお渡ししています」

「ああ、お母様ね。今は挨拶回りに行っているから、代わりにイザベラから貰ってちょうだい」

「えっ?」


 唐突に振られ驚くイザベラにステンが高笑いする。


「冗談ですよ。ハンカチがなくても勝ってみせます。おい、ラース。そろそろ始まるぞ」


 すでに入口へと向いているステンに、ラースも続く。


「ではベアトリス様。行って参ります」

「頑張ってね」




 審判団の登場に続き、ステンとラースが登場すると、会場の至る所から熱い激励が飛んだ。黒と赤の旗を持った人たちが柵越しに溢れている。

 騎士団の面々も全員集まっていた。


「どっちが勝つか?」


 マットの独り言のような問いに、ウノが顎に手を当て考察する。


「どっちも攻撃タイプだもんねー。でもステンは自分のスタイルを崩さないタイプで、ラースは相手の動きの裏をつくのが上手いタイプ」

「俺はステンに読まれたけど…。あー、俺も残りたかったなぁ」


 諦め悪く項垂れるエイジをロジャーが揶揄う。


「ユーゴとの試合で大ぶりを見せて、わざと弱点を教えて誘導したんですね。まんまと引っ掛かりましたね」

「うるせー。お前はそのユーゴに負けただろうが」


 ロジャーは意に介した様子もなく「そうでした」とけろっとしている。


 位置についた二人を確認し、全員が会話を止めた。


「それでは決勝戦を行う!第一騎士団団長ステン 対 第二騎士団団長ラース」


 審判の声が響くと、会場も静まり返る。全員の意識と視線が二人に注がれた。


「はじめっ!」


 今までで一番大きな馬の駆ける音が響いた。それに比例して砂埃が高く巻き上がる。


 黒馬に乗ったステンがラースの目線に合わせて槍を構えた。そのままラースの腕に槍を入れると、ばらっと槍が壊れた。


「ステン、一点!」


 くそっ!槍が見えない!


 ラースは目を瞑って、首を振った。


 ステンはラースから見ると点に見えるよう槍を構えたのだ。槍の先が見えないことで、ラースは避けることに頭を使ってしまった。


 落ち着け。ステンの動きに惑わされるな。エイジもそれで負けたんだ。


 すうぅと静かに息を吸った。


「第二試合、はじめっ」


 エイジの試合と同様、ステンに槍をわざとぶつけられ、互いの槍がバラバラに崩れた。


「両者、得点なし」


 ラースは息を整え、精神を統一する。


 次の勝負、勝つには頭か胴を狙うしかない。ステンは同じように槍を狙ってくる。しかも体はこちらから遠い左後方に引いているはずだ。


 ベアトリス様…。


 ラースはハンカチを入れた胸元を押さえた。


「お前にも負担をかけることになる。いけるか?」


 愛馬は頷くように頭を揺らした。その背を撫でてやる。

「頼んだぞ」


「第三試合、はじめっ!」


 ラースはステンと同じように槍を構えた。相手が目前に迫った瞬間に槍を立て、狙われた瞬間、当たらないよう槍を回して体ごと大きく後ろに引く。

 槍をこちらに突き出すステンの動きがスローモーションに見えた。


 今だ!


 通過する寸前、斜め後ろから思い切り脇腹に槍を刺した。


 ばらりと槍が壊れる。



 一瞬の静寂の後、揺れるような歓声が四方から上がった。全員が興奮して立ち上がっている。



「二対一で勝者ラース!優勝は第二騎士団団長ラース!」


 今まで嘘のように聞こえなかった歓声が、ラースの耳にも大きく届き始める。

 太鼓の音がドドンと響き、数えきれないほどの赤い旗が目に入った。


 ステンが近寄ってきて馬から降り兜を外す。大きな手でラースに握手を求め、ラースもそれに応じた。


「やるじゃねーか」

「ああ。ベアトリス様にハンカチを貰っておいて負けるなどできない」

「ハハ。…叶わない恋愛に意味なんてあんのかね」

「ある。私は騎士としてベアトリス様をお守りできることに誇りを持っている。そしてそんな自分の人生に満足している」

「…お前とは親友になれそうにないな」


 ステンがひらひらと去り際に手を振った。



 勝利したラースにベアトリスから月桂樹の冠が被せられると会場の各所からピューという指笛の音と拍手が響いた。


「おめでとう、ラース」

「ベアトリス様のおかげで勝利できました。ありがとうございます」

「私は何もしていないわ。あなたの日頃の努力の成果よ」


 ベアトリスに褒められ、ラースが嬉しそうに目を細めた。


「これにてスノー騎士団、馬上槍試合は閉幕します!お集まりいただいた皆様に心から感謝します」


 オーウェンの締めの挨拶に合わせ、スノー家の白鳥が描かれた白い旗と、王家のライオンが描かれた黒い旗が同時に振られた。



 試合が終わり、日が沈めばすぐに勝利者の祝勝会が始まる。



「皆、ご苦労だった!素晴らしい試合をしてくれた騎士の諸君に感謝を込めて、乾杯!」


 ジャックの乾杯の挨拶が済むと、騎士たちは途端に令嬢たちに囲まれてしまった。


「次のパーティーは是非一緒に」

「ずるいわ!我が家のパーティーにいらして」

「これを受け取ってください」


 令嬢の攻撃にたじたじとなる騎士たちをベアトリスが面白がる。


「勇ましい騎士たちも、ご令嬢の前では形無しね」

「だらしないわ」


 イザベラが辛辣に言い放ち、食事を取りに向かうのをオーウェンが「手伝うよ」と追いかけた。

 目の前には何種類ものチーズとハムが芸術的に盛り付けられている。それらに目を向けたまま、オーウェンに尋ねた。


「何か用かしら?」

「ハンカチのこと」

「根に持っているの?いいじゃない。恋愛感情はないってお姉様は明言してくれたのだから」

「槍試合当日にハンカチを渡すのは気のある相手にだけだ。君が余計なことを言わなければベアトリスは断っていた」

「義理のハンカチくらいで小さい人ね」


 綺麗に盛り付けたチーズとハムが載ったお皿をオーウェンに渡し、サラダを取り始めた。


「次からこういうことは止めてくれ」


 お皿とフォークを持ってベアトリスの元へ戻って行くオーウェンの後ろ姿を目で追う。


 いいじゃない。ハンカチくらい。あなたは好きな人と結婚できたんだから。私たちは両想いになることを夢見ることすらできないのに…。

 たかだかハンカチ一つが一生の思い出になる私たちみたいな人間だっているのよ。


 私は受け取ってすら、もらえなかったけど。



 令嬢たちと楽しそうに会話をする彼を見てすぐに目を逸らした。



 だから槍試合は嫌いだ。


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