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勝ち気令嬢、年下の第二王子を育て上げます  作者: 松原水仙


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14.お披露目会での出会い

新しい領主としてのお披露目会におよそ五百名の貴族を招いた。オーウェンとベアトリスの顔を売りつつ、領内の情報を集めることが目的だ。貴族側としては最大勢力の派閥に入れるチャンスで、招待されるや否や、すぐさま全員が参加の意向を示した。


 艶やかに着飾った二人が登場するなり、皆からため息が漏れる。もはや二人を見て姉弟などと思う者は一人もいない。


「これから皆様とともに過ごせることを神に感謝します。乾杯!」


 オーウェンの掛け声に合わせ、「乾杯!」と至る所から声が上がる。立食にしたのは話が弾みやすいから。


「オーウェン王太子殿下。ベアトリス妃殿下。本日はお招きありがとうございます」


 挨拶に訪れた人々と両手で強い握手を交わし、数分立ち話をして次の者に代わる。延々と続く挨拶にも疲労など感じなかった。


「お姉様!」

「イザベラ!お父様!来てくれたのね」


 二人を見た瞬間、ベアトリスの顔から自然な笑みがこぼれた。


「顔ぶれが気になってね。しかし大勢集まっていて安心したよ。立派に王太子妃をやっているじゃないか」

「ええ。ベアトリスは完璧に王太子妃の役割をこなしてくれています。それにこんなに華やかに着飾ったベアトリスを、全員に見せびらかすことができて私は幸せです」

「後半は余計なのよ」


 オーウェンはフフッと微笑み、耳が赤くなったベアトリスの肩を引き寄せた。


「その様子では心配いらなかったようだな」

「お父様は喧嘩ばかりしているんじゃないかって気にしていたの」

「ご安心ください。必ずや二人でこの地を治めてみせます。ね、ベアトリス」


 オーウェンと目を合わせて強く頷く。


「ええ。心配はいらないわ、お父様。今なら何でも乗り越えられる気がするの」

「そうか?でも気は抜くなよ。そういう時に限って天は悪戯をするものだから」


 言うなり二人は場を離れ、参加者達との会話に興じ始めた。ベアトリスたちからすればこんなに心強い後ろ盾はない。

 二人を無意識に目で追っていると、後ろから声を掛けられる。


「ベアトリス様」

「え、モリーナ様?」


 彼女は学生時代、ベアトリスを慕ってくれていた一つ下の後輩だ。正義感が強くて気持ちの良い性格だったと記憶している。驚きのあまり抱きついた。


「お久しぶりね!お元気だった?」

「はい、それはもう!ベアトリス様にまたお会いできて嬉しいです」

「私もよ!」

「領主様が代わるって聞いた時は驚きましたけど、ベアトリス様なら安心です。はっ!勿論、オーウェン殿下もです!」


 隣に立つオーウェンに気づき、急いで付け足した。彼女はとても正直な性格らしい。オーウェンは人好きのする笑みをモリーナに向けた。


「ありがとう。モリーナ嬢。これからもベアトリスと仲良くしてくれると嬉しい」

「はい!こちらこそ。あ、そうだ。ご紹介します。こちら友人のシャーロットです」

「シャーロット・メイラーです。お会いできて光栄です。オーウェン殿下、ベアトリス妃殿下」


 小鳥のような可愛らしい声で挨拶した彼女は、女のベアトリスでさえ目を奪われそうになる美少女だった。透けるような肌に、大きい瞳、長い睫毛、艶っぽい唇。まるで精巧な人形のようだ。


「シャーロット様。こちらこそ。お会いできて嬉しいわ」

「ベアトリス妃殿下の話をモリーナからずっと聞いていたので、本当に感激しています!一生分の運を使い切った気分です」


 とびっきりの笑顔は、さらにシャーロットを魅力的にした。


「大袈裟ね。でもありがとう!どうぞ楽しんでいってね」

「はい!」


 モリーナとシャーロットは遠慮したのかすぐに場を離れる。


「あんな美人初めて見たわ。天使のような子ね」

「何を言うの。ベアトリスの方がずっと素敵だよ」

「そういうの、いいから!」


 客観的にどちらが美人かなんて、比べなくても分かる。


「本当だよ。俺の目にはベアトリスしか映らない。だからベアトリスも――」

「ベアトリス嬢」


 いいところで声を掛けてきた男にオーウェンが鋭い視線を浴びせる。


 馴れ馴れしい。誰だ?


 男はチョコレート色の髪を耳にかけ、緑色の瞳を細めベアトリスだけに視線を注いでいる。胸元で揺れるフリルタイにはエメラルドが光り、上品な物腰と合わせて位の高さを伺わせた。


 ベアトリスは首を横に傾げ、笑みを貼りつけている。どうやら誰か分かっていないようだ。


「初めまして。ベアトリスの夫のオーウェンと申します」


 牽制するように一歩前に出た。


「ポール公爵家のユーゴと申します。今は伯爵領を管理しています。お会いできて光栄です。オーウェン王太子殿下」


 手を差し出すとブンブンと嬉しそうに上下に振ってくる。


 …何だ、こいつ。


「ユーゴですって?」


 嫌な記憶が蘇る。ベアトリスは顔をひきつらせた。


いつものベアトリスならそんな表情はしない。しかもポール公爵家といえば大諸侯のうちの一人じゃないか。

 オーウェンはもやっとする気持ちを抑え、口の端をできるだけ上げた。


「ベアトリス。お知り合い?」

「え、ええ。学生時代に少しね。でも大した知り合いではないわ」

「彼女は僕の人生を変えてくれた運命の女神なんです。まさかまた会えるなんて。元気だった?」


俺の前でよくもぬけぬけと…!オーウェンが笑みを消す。


「いつ私があなたの運命を変えたのよ」


 逆でしょ、と内心で叫び、ベアトリスが不本意そうに片眉を上げる。

 ユーゴはベアトリスのエリートクラス進学を阻んだ張本人だ。


「初めて見た時からなんて凛としてカッコいいんだろうって憧れていたんだ!君に追いつきたくて必死で学んでいたんだよ。王太子妃なんて君にピッタリだ!」

「そうかしら?」


 単純なのでそう言われると悪い気はしない。


「ベアトリス。そろそろ挨拶に行かないと。伯爵。貴重なお話をどうもありがとうございました」


 挑発するよう視線を絡ませても、「こちらこそ」と破顔するユーゴに舌打ちしそうになる。


 こういうタイプが一番厄介だ。





「ベアトリス」

「オーウェン。お疲れ様。いい会だったわね」


 自室でワインを飲んでいるとオーウェンがやってきて、ベアトリスの向かいに座った。


「そうだね。顔も知れたし、これから関係性や人柄なんかを詳しく調べさせるよ」

「そうね。やっぱりまずは知ることよね」


 ワインを一口飲んだオーウェンは、さり気なく話題を持っていく。


「今日は知りあいにも会えて良かったね」

「ああ!モリーナ様ね。彼女にはまた会いたかったの。今度お茶会にでも呼ぼうと思っているわ」

「それはいいね。きっと昔話で盛り上がれるよ」

「ええ!楽しみだわ」 


 両手を合わせて喜ぶベアトリスを見ても、湧き上がる黒い靄が晴れない。


「ねえ、俺もベアトリスの学生時代の話が聞きたいな」

「何よ、急に」

「だって二人とも学生時代の知り合いなんでしょう?ええと、何て言ったっけ、もう一人」

「ああ。ユーゴのこと?」

「そうそう。でも珍しいね。ベアトリスが人を呼び捨てにするなんて」


 そう指摘されて初めて気づいた。


 しまった!今まで一度も名前を呼んだことがなかったから、脳内での呼び名をそのまま口に出してしまっていたわ!


 慌てて口を押さえたベアトリスに、意識的に口角を上げた。頬杖をついた右手を爪が食い込む程、強く握りしめる。


「次から気をつけるわ」

「それだけ親しいなら、別に良いんじゃないかな」


 探るようなオーウェンの視線にも気づかず、ベアトリスは首を大きく横に振る。


「親しくないから問題なのよ!」

「そうは見えなかったけど?」

「でしょうね。あの男は昔から誰にでもあんな感じなの。嫌になるわ」

「親しくない割によく知っているんだね。そりゃそうか。運命の女神だもんね」


 …ああ、駄目だ。失敗した。


 案の定、ベアトリスは何かを察したようで、呆れたような顔をしている。オーウェンはもう顔を作るのを止めた。視線を逸らして拗ねたように横を向く。


「ちょっと!何か変な勘違いしていないでしょうね?」

「…………」


 無言になったオーウェンに、盛大に溜め息をついた。


「違うわよ。あいつはただのクラスメイト。一番優秀だった私がエリートクラスに編入するはずだったのに、男っていうだけであいつが選ばれたの。だから脳内で勝手に呼び捨てにしていただけよ」

「本当…?」

「本当よ!こんな話、人にしたくない、の」


 いつの間にか目の前に立っていたオーウェンが、ベアトリスを抱きしめた。


「良かった…」


 ぎゅぅうと肩に回された手が苦しいけれど、切実な声に抵抗を止める。


「そんなこと考えていたの?馬鹿ね、あなた」

「そうだよ。俺が考えているのはベアトリスのことだけ」


 抱きしめたまま、ベアトリスの隣に座り、甘えるように凭れかかった。


「俺もクラスメイトになって一緒に授業受けたかった」

「きっとがっかりしたわよ。がり勉で生意気な女って扱いだったし」


 学生時代のことは知られたくなかったけど、もういいか。オーウェンといると取り繕っている自分が馬鹿みたいに思える。


「しないよ。周りの見る目がなかっただけ」


 でも、それでいい。ユーゴだけはベアトリスの魅力に気づいていたのだと思うと、気分が悪い。


「ねえ、キスしていい?」

「はっ?何よ、急に」


 キスは結婚式のあの一回だけしかしていない。ベアトリスがあまりにも熱心に領地のことで頭を悩ませていたから、怒られるんじゃないかと思って言えなかった。それに彼女は俺を好きなわけじゃない…。


「駄目?」


 首筋に顔を埋める。断られたらと思うと手が震えそうで、彼女のふんわりしたドレスの袖をきつく握った。


「いいわよ。別に」

「えっ」


 驚いて顔をあげると、怪訝な顔をしたベアトリスと目が合う。


「そんなに驚くことないでしょ。夫婦なんだから」


 そっか。夫婦だから。きっと結婚相手が俺じゃなくても彼女は許した。


 しょげたように目線を下げたオーウェンにベアトリスが笑い出す。


「ふふ。あなた、感情が顔に出るのは昔のままね。そんなことでは相手に優位に立たれてしまうわよ」


 ふい、と横をむくオーウェンの顔を両手で掴み、強引に目線を合わせた。


「私ね、結婚相手があなたで良かったと心から思っているの。一生懸命に領地の人たちと向き合っているし、部下やお金の使い方も上手い。あなたと一緒で毎日とても充実しているわ。だからすぐに自信を無くす癖やめなさいよ」



 ベアトリスはオーウェンの首に手を回し、そのまま驚くオーウェンの唇を奪った。


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