12.結婚式とお祝い
結婚式にはスタイルが際立つマーメイドラインのドレスを選んだ。繊細な刺繍が印象的で、裾の広がりがとにかく美しい。手に持った真っ白のブーケは、カサブランカとスノー家を表す花であるスノーフレークを使用している。
真っ青な高い空がどこまでも広がっているのを眺めているうちに、教会のドアが静かに開いた。
左右に分かれた参列席は三階まで人でぎっしりと埋まり、高揚した表情でベアトリスたちに拍手で迎えてくれる。
ジャックとともにゆっくりとバージンロードを歩いていると、カミラの姿が目に入った。レオとの結婚を白紙に戻し、自領で療養していると聞いたが来てくれたのだ。
学生時代、ベアトリスとともに不当な扱いに苦しんだ女生徒たち。そのうちの一人がカミラだった。
ベアトリスは五メートルもあるドレスのトレーンを彼女に見せつけた。カミラが結婚式で着たドレスのトレーンの長さが四メートルだったからだ。プログラムにない行動にトレーンを持つイザベラが気づかれない程度に眉根を寄せる。
ふふん、と笑うと、カミラは悔しそうに唇を結んだあと、べっと舌を出した。それを見てベアトリスが噴き出す。
祭壇までたどり着くと、ジャックの元を離れ、正装姿のオーウェンと向き合った。白のフロックコートをすらりと着こなす姿に不覚にも一瞬ときめいてしまう。
ベアトリスのウェディングドレス姿に、オーウェンも照れたように目を細め、「きれいだ」と声に出さずに伝えた。
横並びになり、聖職者の言葉に耳を傾ける。大勢に見られている事よりも隣にオーウェンがいることになぜか緊張した。誓いの言葉を言い終え、指輪の交換で再びオーウェンと向かい合う。
オーウェンは約束通り、大きなルビーの指輪を用意してくれた。深紅の宝石が薔薇窓からの光を反射している。左手の薬指できらっと輝いたそれを満足気に見つめた。
「一番大きいのにしたよ」
「悪くないわ」
指輪にうっとりするベアトリスに、オーウェンの顔が綻ぶ。
オーウェンがゆっくりとベアトリスの顔にかかったベールを上げた。ぎこちない動作から彼の緊張が伝わってくる。
そっと触れるだけの誓いのキスは、全身の血が踊りだしたように、ふわふわした気分になった。
ファーストキスだ。
心なしかオーウェンも照れていて、余計に恥ずかしくなった。
最後に二人で署名する。オーウェンの手がフルフルと震えているのを見て、逆に落ち着いて署名できた。
揺れるオーウェンの字の隣に、しっかりとしたベアトリスの字が並んでいる。
「ベアトリス。一緒に幸せになろう」
「ええ、もちろんよ」
会場中に見守られながら、腕を組んでゆっくりと二人でバージンロードを歩く。ステンドグラスの窓からたっぷりと射し込む光が幻想的に二人を照らしていた。
ブーケトスは狙い通りカミラが拾った。我ながらコントロールの良さに驚く。
「こんなものが無くたって、あんたより、いい男を見つけてやるわよ」
ふん、とカミラが拾ったばかりのブーケを肩に乗せ、横を向く。
「そーお?まあ頑張りなさい。私以上は無理だと思うけど」
「見てなさいよ!結婚式にはあんたの倍はあるトレーンのドレスを着てやるから」
「ふはっ。もはやカーペットじゃない、それ」
「うるさい!」
笑うベアトリスにカミラがふん、とそっぽを向いた。
「じゃあね。まあ、せいぜい幸せになりなさいよ」
ベアトリスに背を向け手を振りながら去って行く。徐々に元の性格に戻っていくカミラに胸を撫で下ろした。
カミラ。あなたのことは嫌いだけど、認めてはいるのよ。あなたこそ幸せになりなさいよね!
式の終わりを告げる鐘の音が、街中に響き渡った。
「ああ、やっと完成した」
黒いマントに身を包んだ男が、小瓶に入った液体を感慨深そうに揺らした。フードのせいで顔は見えない。暗い部屋には何種類もの薬草と、動物の骨らしきものが置いてある。鼻を突く薬品の臭いも、とうに気にならくなっていた。
『人を傷つけてはいけないわ。誰かを憎みながら生きては駄目よ』
彼女の聖母のような声が聞こえてくる。今でもその顔、その声、手の優しさが鮮明に浮かんでくる。
分かっているよ。君の最後のお願いはとても難しかった。けれどやっと出来上がったよ。
興奮しすぎたのか、ゲホッと何度も激しく咳き込む。この国とおさらばする日も近い。
…でも間に合ったよ。
ありったけの憎しみをこの薬に詰め込んで、この国の不幸を祝おう!




