11.スノー騎士団
品よく設えられた客人用の大食堂に、騎士団長と副団長合わせて六人が集まり、ジャックの口上を待っている。決して狭くない部屋なのに、大柄で大ぶりのジェスチャーをする彼らがいると窮屈に感じた。
今回の陰の立役者たちにスノー家から感謝を込めて食事会に招待したのだ。
残りの騎士たちは騎士棟で宴会をしている。団長たちがいないのをいいことに、騒ぎまくっていることだろう。
「本当によく動いてくれた。君たちの働きに感謝している!スノー騎士団に!乾杯!」
ジャックの合図で、「乾杯!」とグラスを傾ける。
テーブルに山積みにされていた大量のお肉が、すごいスピードで無くなっていく。牛、豚、雉、鴨、兎、鹿。使用人が無くなる直前にお皿を入れ替える。ワインやシャンパンよりビールの方が人気だ。
「まだまだあるから、思う存分食べてくれ」
「はい!」という言葉通り、飲んで食べてと忙しそうだ。
いつもは紳士道に則って肉にしゃぶりつくなど論外だが、今日だけは羽目を外していいとジャックの許しが出ている。だからこそ余計に美味い!手が汚れるのも気にせず、次々と肉に手を伸ばしていく。
「いやぁ、うまくいって良かったっスね」
骨付き肉を豪快に食らいながらエイジが親指を立てた。その拍子に赤毛が揺れ、耳にはめたリングのピアスが見え隠れする。
隣でビールを飲んでいたマットが肉から目を離さず、何度か頷いた。カールした金髪を後ろだけ刈り上げている彼は、話より食べるのに夢中だ。
ベアトリスがガチョウのフォアグラを切る手を止め、皆を見回す。全員怪我もなく屋敷に戻ってこられたことが何より嬉しい。
「ねえ、王家の軍を火で誘い込んだはいいけど、どうやって押さえ込んだの?」
「そんな必要ないですよ。あれ町の人に松明を持ってもらっただけなんで」
「え?」
「『今から城で火祭りをするらしいぞ!火を持って城に集まれ!』って触れ回ったら町の人が喜んで火を用意してくれました。夜だから誰かなんて分からないし」
けらっとロジャーが明かす。狐のような顔をくしゃっとさせて笑う度に、ゆるい三つ編みが肩先で揺れる。
「…なるほど」
そんな手が、と横にいるイザベラと目を見合わせ、安心して食事を再開する。
フォアグラにジャムをのせて一口食べると、とろっと溶けた。
「美味しい!」
黒い縁取りのお皿がフォアグラの美しさを引き立てている。雪の結晶の絵柄が入ったこのお皿は、婚約祝いに両親がくれたお気に入りのものだ。オーウェンとお揃いで、彼は同じ絵柄で白い縁取りのお皿を使っている。
紋章の色に合わせているので、本来は黒がオーウェンで白がベアトリスだったのが、「お互いの物を使いたい」というオーウェンの謎の発想で交換することになった。
カップの交換は聞くけど、お皿の交換は初めてだわ。
ベアトリスの視線に気づき、オーウェンがフォアグラを刺したフォークを口に運ぶのを直前でやめた。
「美味しいね」
オーウェンはフォアグラをジャムはつけずに胡椒だけで食べている。
「ジャムを付けたらもっと美味しいわ」
「えー、胡椒が一番だよ」
「分かっていないわね」
じゃれ合う二人を騎士団の面々が微笑ましく見つめている。
「元気そうで安心しました。軍の衝突も避けられたし」
「城に残った相手はすでに戦意喪失気味だったからな」
ロジャーの言葉に、少し残念そうにステンが腕を組んだ。暴れたかったのだろう。肩まである伸ばしっぱなしの長髪に、無精ひげという出で立ちだが、彼こそが第一騎士団の団長である。
「それは俺のおかげ!武器庫の外に火をつけて、『火が出てるぞ』って見張りに言ったら、すぐに中に入れたよ。そんで中にも火をつけといた」
えへんと威張ったのはウノだ。ふんわりとしたミルクティー色の髪が中性的な印象を与える彼は、騎士団の元気印だ。
「無事にお帰りになられて何よりです」
安心したようにラースがベアトリスとイザベラを見つめる。彼は領地で留守番だったので余計に心配したのかもしれない。きりっと短く切りそろえたオリーブの髪が、性格を表している。
「あなた達のおかげで、こうやって笑っていられるわ。いつもありがとう!」
エイジ、マット、ロジャー、ステン、ウノ、ラースの六人は、騎士団の中でも精鋭たちだ。彼ら以上に信用できる人などいない。
「戦わずして勝つのが最強の戦略だ。あの時の王の顔をお前たちにも見せてやりたかったよ。そしてオーウェン、君にも礼を言おう」
ジャックが不敵に笑い、オーウェンに向けてワイングラスを高く持ち上げた。
「礼なんていりません。そもそも俺のせいなんで」
「いやいや、勢いをつけはじめた王家に歯止めを掛けられたのは大きいよ!」
エイジがオーウェンの首に腕を回し、引き寄せる。にかっと笑いかけてくる人懐こさにオーウェンが固まった。
「あのデータは身分のある人間だから集められた。俺たち騎士にはできない仕事だ」
「ども」
ステンにも褒められ、素っ気なく返事する。
「照れているのね」とベアトリスが笑うと、「違う」と横を向いた。まだ幼いところは残っていて安心する。
きっとこれが社交辞令なら、オーウェンは上手く返せただろう。こういう関係に慣れていないのだ。
これからオーウェンは、彼らとともに信頼関係を築いていく。騎士に囲まれるオーウェンを見て、ベアトリスは頬が緩んだ。
翌朝、ステンが慌てた様子でファミリールームに顔を出した。ノックもそこそこに開いた扉に、全員が注目する。
「失礼します!博学者ロベールの焼死体が発見されたという知らせが入りました。場所は王都から三十キロほど離れた別荘で、使用人含め八名が犠牲になりました。放火と見られています。ロベールの衣服等は燃えていましたが、背格好や金の懐中時計が変形したまま固まっていたことで身元が判明したそうです」
ジャックが考える素振りで呟いた。
「あれから姿をくらませていたが、別荘に隠れていたか。しかし放火とは」
「犯人の見当はついていませんが、動機からすれば王家に関わりのある者かと」
「今回の騒動の大元ですからね。国から捜索令が出ていたし、どのみち処刑だったのに放火されるとは」
ロベールはオーウェンを無能に仕立て上げた元凶でもある。そもそもトロイとレオだけではオーウェンの通学を阻止できない。裏にロベールがいたはずだ。
レオが見せた異常な嫉妬心も今考えればおかしい。それを煽ったのも、きっとロベールだったに違いない。
そうか、殺されたか。
オーウェンは食後のベリーをフォークで刺し、口に入れた。
「しかし焼死とは、トロイと同じだな。同一犯か。はたまた偶然か」
ジャックの言葉にピクリと反応したオーウェンを、ベアトリスが心配そうに見やる。
「大丈夫だよ、ベアトリス。二人にはもう何の感情もないんだ。ありがとう。後味は悪いけど、これで一件落着だ。やっと結婚式のことだけ考えられる」
「オーウェン…。そうね!忘れられない結婚式にしましょう」




