ふたりの会話
「……」
ポツンとひとり、縮こまって席に座っている者がいた。この度騎士学園に入学し、A組に配属されたリィだ。
彼女は元々、実家が道場でありそこで育ったため、剣の腕はそれなりにある。剣を教える親は、道場に通う子供たちと同様にリィを鍛え、その中でもリィは突出した才能を持っていた。
騎士学園に入り、いい成績を納めれば学園から生活の補助金が出る。もっともそれは、お金持ちの貴族たちにとってはあまり魅力とはならない項目だ。
が、平民であるリィは、自分を育ててくれた両親に楽をさせてあげたいと、自身の才能を生かすためにこの学園に入った。入学試験では辛くも勝利を収め、無事入学できたのだが……
「うぅ、居心地悪い……」
平民である彼女を、遠巻きに見る者はいてもわざわざ近寄って話しかけようとする者はいない。それは、この貴族ばかりの空間にいる言わば『異物』への興味はあってもわざわざ接しようとは思わない、といったものだ。
まあほとんどの者は、平民に対して好意的な印象は持っていない。入学できたのはマグレ、そもそもここに平民が入学しようと考えることすらおこがましい……そういった悪意のあるものが多い。
リィ本人も、自分から貴族に話しかける勇気はない。ルームメートであり、幸運にも同じ平民のミライヤを通し、貴族や『勇者』の家系、さらには王族とまで食事の席を同じにしたとはいえ……
やはり、自分から話しかける勇気はなく、かといって話しかけてくれる物好きがいるはずもない。
「これからずっとこれかぁ」
騎士学園の授業は、特に席が決められているわけではない。自由に席を選び、座るというもの。だから、好んでリィの隣へと来ようとする者がいない限り、リィはひとりだ。
この学園に平民はたった2人……いや、正確に言えば今回の入学者が2人なだけで、在籍している生徒の中には平民もいるのかもしれないが……
どのみち、学園が同じでなければ意味はない。どうやらミライヤは、貴族のノアリや『勇者』の家系ヤークと同じ組だったようだ。実際に話してみてもいい人たちであったし、この組でミライヤと2人きり、知り合いが誰も居ないよりはずっといい。
「はぁ」
「隣、いいですか?」
「はい、どうぞ……え?」
これからの生活が思いやられる……そんな思いでため息を漏らしていたため、話しかけられたことに反射的に答えてしまう。まさか、自分が話しかけられると思っていなかった。
慌てて声のした方向……右隣を見ると、空いた席に座る女性がいた。白髪の中にうっすらと水色みのある美しい髪を一本に縛っている。凛とした佇まいを感じさせるのは、容姿からかにじみ出る雰囲気からか。
背筋を伸ばし、見ているだけでため息を出してしまうほどに美しさを感じさせる彼女は……
「り、リエナ、様?」
「堅苦しいですね。リエナ、でいいですよ」
「は、はぁ……」
確か、昨夜の食事時に同じく席を囲っていたはずだ。そう、王族であるシュベルト・フラ・ゲルドの侍女である女性だ。
そんなに話したわけではない。仲良しと呼べる関係ではない。それでも、誰も座らないリィの席の近く……どころか、隣に座るだなんて。
「あ、あの、どうして……」
「ん?」
だからだろうか、不意に口をついて出てしまった。わざわざこんなことを聞いて、気分を害してしまったら、ここから離れてしまうかもしれないのに。
それでも、リィは不思議だった。王族の侍女を務めるほどの人が、どうして自分の隣なんかに。
「どうして、隣に……」
「……いや、でしたか?」
「ととと、とんでもない! 嬉しいです! というか、リエナ様こそ、私なんかに敬語なんて……」
「これは癖みたいなものです。お気になさらず」
癖、とは、常に王族に仕えているから、誰に対しても敬語を使うようになったということだろうか。それにしたって、平民に敬語を使うなど……
「……貴女のことは、以前から知っていたんですよ?」
「へ?」
そういえばリエナの本名を聞いたことがないし、どこの貴族の人なんだろう……そう疑問に思っていたリィは、リエナの言葉に反応が遅れる。いや、反応が遅れたのは考え事をしていたからだけではない。
自分のことを、知っていたと……
「入学試験、貴女の剣さばきを見させてもらいました。素晴らしい剣で、印象に残っています」
「あぅ……」
「昨夜は驚きました。一度話してみたいと思っていた相手が、同じ席にいたのですから。つい緊張してしまって、うまく話せませんでした」
ふふっ、と小さく笑うリエナは、嘘をついているようには見えない。それどころか、照れくさそうにすら笑っている。
だからこそリィには信じられない。素晴らしい剣、話してみたい、緊張していた……昨夜口数が少なかったのは、緊張していたからなどと。
「わわ、私、なんかと……?」
「あ、いけませんよなんか、なんて。リィさんをすごいと思った人が、バカみたいじゃないですか」
「いやいやいや……えぇええ……!」
もはやなにが起きているのか、リィにはわかっていない。ただただ、信じられないことが起こっている……ということだけは、わかったが。
「リィさんがひとりだったようなので、ここは勇気をもって話しかけないとと。話しかけて良かったです」
「わ、私も、リエナ様に話しかけてもらえてよかったです!」
「だから固いですって。私、別に貴族というわけではないんですから」
「そ、そうなんですか?」
口数の少ない人だと思っていたが、こうして話してみると楽しい人だ。リィはすっかり心を許し、まるでなついた子犬のように瞳を輝かせていた。
昨夜は特に、リエナの話は聞けなかったから、これを機にさらに仲を深めていきたい。
「えぇ。実は私の家は元は平民の生まれで……それが縁あって、シュベルト様に、というよりゲルド家の方にお仕えすることになったのです」
「そ、そうなんですかっ?」
それはリィにとって驚くべき事実であった。いや、もしかしたらリィが無知なだけなのかもしれないが……平民が、王族に仕える立場になるなどと。
それは確かに、貴族とはまた違った立場になるのだろう。その辺りの事情、もっと詳しく聞きたいが……
「どうやら、話は後で、ですね」
教室の入り口から入ってきた、教員の姿を目にし、リエナがウインクする。少し惜しくはあったが、これを機に仲を深められたことに、リィは満足していた。




