ミライヤの過去
「っはぁ~……夢みたいです」
ミライヤが落ち着き、優雅なティータイムが始まる。ミライヤは、こんな美味しい紅茶は初めてだと何度も言ってアンジーを喜ばせていた。
そのミライヤは、恍惚とした表情を浮かべている。
「夢みたいって、この状況が?」
「はい! 貴族様と、お、同じ席に座って、紅茶をなんて……!」
「ミライヤちゃんはかわいいわねぇ」
「あぅ……」
やはり意識すると緊張してしまうのか、紅茶の入ったカップを持っている手が小刻みに震えだす。中身がこぼれないか心配だ。
とはいえ、ミライヤの気持ちはわかる。貴族平民と区別するつもりはないが、平民が貴族と同じ席につき、こうして会話を楽しむなんて、この国じゃまずあり得ない光景だ。
平民であっても、差別的な言動、行動はない……と、言い切れないのが現状だ。父上と母上は元平民ながら、今は貴族よりも上位の位を貰っている。
その功績を知っているからこそ、表立って平民を差別するようなことはしない。だが、今朝の一件があるように、実際に差別問題がなくなってはいないのが、現実だ。
「……ミライヤは、どうして騎士学園に入学しようと思ったの?」
紅茶を空にしたノアリが、カップを置き一言。ちなみに、ノアリは何も言っていないがアンジーはおかわりを注いでいる。さすがわかっている。
それは、純粋な疑問。貴族に憧れているとは言っていたが、平民が貴族にどう扱われているかも知っているはず。なのに、貴族の多い騎士学園を訪れたのはなぜなのか。
今朝のような目に、これからもあうかもしれないのに。
「えぇとですね……つまらない、理由ですよ?」
「いいわよ別に。せっかくの機会なんだもの、お話ししたいわ」
「あはは……実は私、この国の生まれじゃないんです」
カチャ……と、ミライヤもカップを置き、口を開く。
「この国の生まれじゃない?」
「はい。元は、別の国の生まれで……だけど、ある日盗賊に襲われたんです。そこで、みんな……両親も殺されちゃって」
……なんか、話が重くなってきたような……
「あの、ミライヤ? 話したくないことは、別に……」
「あ、いえ。もうずいぶん昔のことですし、気にはしてないですよ。それで、ですね。私も殺されそうになったんですけど……そこを、ある貴族様が助けてくださったんです」
気にしていないというミライヤの言葉に嘘はなさそうだ。ずいぶん昔とはいうが、それでも両親を殺された記憶などそう簡単に消えるものでもないだろう。
その話と、入学理由になんの関係があるのかと思ったが、ここで貴族が出てくるのか。
「その貴族様は、盗賊を切り伏せて私を守ってくれたんです。国とは言っても小さな国で、もう私以外に生き残りはいない状態だったんですが……貴族様の伝で、この国に来て、今の両親に育ててもらったんです」
懐かしむように、思い出すように、ゆっくりと語っていく。そこには、悲しみとか怒りとか、そんな感情は感じられなくて。
本当に、昔の話だから割りきっているのだろうか。
「だから私、昔から貴族様に憧れてて。あ、憧れてるって言っても、贅沢な暮らしをしたいとかそういうことじゃなくて、生きざま……と言いますか。私も、ああやって誰かを守れる、カッコいい人になりたいなって」
「……そう、大変だったのねミライヤちゃん」
「あ、変な空気にしてごめんなさい! ホント、気にしてないですから!」
貴族に助けられ、だからその生きざまに憧れる……そう、繋がってくるのか。
そんな憧れている貴族にあんな対応をされたら、そりゃショックだろうな。いくら別人だからとはいえ。
「ご、ごめんなさい。まさかそんな事情を抱えてるなんて……」
「だ、だから気にしてませんし、謝らないでください! 私はただ、私のことをもっと知ってほしいですし……それに、その過去があったからこそお二人と知り合え、今こうしてここにいられるんですから」
「うぅ、あんたいい子ねミライヤ……」
思わぬ形でミライヤの過去を知ってしまったが、それだけ俺たちのことを信頼してくれてる、ってことなんだろうか。だとしたら、まだ会ったばかりだが嬉しい。
ミライヤが、貴族に対してそんな思い入れがあったなんて……これは、貴族が憧れ続けられるように俺も頑張らないといけないかもな。
ノアリは涙ぐみ、母上はミライヤの頭を撫で、アンジーは紅茶を淹れ直している。ミライヤは困惑した様子だが、自分の話したことを後悔はしていないようだ。




