まるで空っぽ
「……そうか、わかった」
妻から連絡を受けたガラドは、ほっと胸を撫で下ろす。息子が帰ってきて、さらに彼のおかげでノアリの容態は安定、先ほど目を覚ましたようだ。
ノアリ以外の『呪病』患者は、確認している全てが症状が治まっていると連絡を受けた。だからこそ、ノアリだけが容態が悪化していくのが心配だったが……
「ヤークめ……帰ったら、うんと褒めてやらないとな」
まだ10にも満たない息子が、まさか人ひとりの命を救うまでに至るとは。自分が同じくらいの年の時、なにをしていただろう。
たまに大人びた姿を見せる息子だとは思っていたが、ここに来て一皮どころか何皮も剥けているかのようだ。
「さて……」
『呪病』患者のこと、ノアリのこと、息子のこと……それらのことは一安心。よって、今考えることは目の前のことだ。
『呪病』と誰かが呼んだ呪い。その術者であるセクニア・ヤロ。彼は死に、だからこそ呪いは解け、唯一呪いが悪化したノアリも息子のおかげで治った。
これですべて解決……とはいかない。この人物が何者か、調べなくてはいけない。
もっとも、それはガラドの領分ではないため、国に任せるとして、気になることがひとつ。
「……軽かった、か」
ここには、先ほどまで行動を共にしていた兵士の他にもいろいろと部屋の中を調べている者がたくさんいるが、誰にも聞こえないようにつぶやく。セクニア・ヤロを刺した時、感じた違和感。
人間の命を奪ったことなど、数えるほどの経験しかない。その際に感じる感覚というのはあるのだ。刺した剣から伝わって、命が失われていく感覚というものが。
だが、彼を刺した時はそれとは違った。命が失われていく感覚、ではない。まるで空っぽ……そこに、なにもなくなってしまったかのような……
「なんか、釈然としないな」
自ら死を受け入れたことといい、それでいてわざわざノアリ……正確にはランダムにひとりと言っていたが、ひとりの呪いを悪化させることといい、なかなかに歯切れの悪い幕切れだ。
とはいえ、これ以上を考えても仕方がない。後のことはここにいる者たちに任せ、早く家に帰ろう。ノアリのこともちゃんと見ていたいし、なによりもヤークに早く会いたい。
こっちもいろいろあったが、向こうもいろいろあったようだし。今はもう夜遅いから、話はまたゆっくり休んでからでも……
「ガラドさん、お疲れ様です!」
近くにいた兵士に一声かけてから、部屋を出る。そのまま城の外に出ると、夜遅いとは思えないほど、人々の活気がある。
『呪病』……呪いが解け、元気になったことに皆一喜一憂しているのだ。逆に考えれば、これだけの家庭の数だけ呪いに苦しむ子供がいたということだ。
「……よくやったよ、ホント」
この呪いを解く方法を得て帰って来たヤーク、息子に、少しだけ誇らしい気分になりながら、ガラドは家へと歩いていく。




