真実のその先
目の前に流れているのは、記憶……ライヤの中にあった、記憶だ。それはつまり、ヤークワードの中にもあるはずの、記憶。
現に、途中までは彼の知っている光景が、流れていた。
……途中までは。
『……真実の、その先……?』
あの日、ライヤはガラドに殺された……これこそが、真実。だからこそ、ヤークワードへと転生したそのあとも、彼への復讐を胸に秘めていた。
なのに……真実の、その先とは……いったい……
『おそらくは、魔王が死に際に自らの魂を別の人間の体に移した。しかしその体も死に瀕し……命が尽きる前に、転生魔術を使い難を逃れた』
『っ……』
チクっ……と、頭はないはずなのに頭の中で、小さな電気が走ったような、違和感。
今の台詞は……龍が、ヤークワードの体に魔王の魂が宿っていると、言い当てた時のものだ。その時に、捨て置いてはいけない変な違和感が、あったが。
その感も、記憶の映像は流れていく。
『ねえ……そこまで、しなくても……いいんじゃない?』
『……俺だって身が張り裂けそうだ。けど、念には念を、入れて、だ』
そこにあるのは、倒れたライヤの体を、何度も突き刺していくガラドの姿。それを見守るミーロの……そして、エーネとヴァルゴスの姿。
何度も、何度も……突き刺しているのに。なぜ、そんなにも悲しそうな、顔をしているのだ。
『げふっ……』
『まだ、息が……っ』
切っ先が、苦しむライヤの喉元に、突き立てられる。
『ねぇガラド、やっぱり、そこまでしなくても……』
『……っ、ダメだ。魔王の魂が、完全に消滅するまでは』
憎しみと悲しみの記憶でしかない記憶……だが、その光景が映し出すのは、ヤークワードの知らない光景。
これは、夢? 幻? それとも……
記憶を見るライヤの目は、伏せられていて、表情は見えない。
『魔王、魂、消滅……?』
『おそらくは、魔王が死に際に自らの魂を別の人間の体に移した。しかしその体も死に瀕し……命が尽きる前に、転生魔術を使い難を逃れた』
『ま、さか……』
あの龍の言葉、その違和感が……真実の記憶を見たことで、するすると解かれていく。
龍の言葉も、この記憶も真実だとしたら……
『魔王め……最後の最後で、ライヤの魂に、宿りやがって……!』
『俺の……魂に……』
魔王は、ガラドの手により倒された。その後、ライヤはガラドに殺された。
……その間に、もうひとつ、なにかがあったとしたら?
魔王は倒され……しかし、完全に消滅する前に、ライヤの魂に寄生した。それに気付いたガラドたちは、ライヤごと魔王の魂を、斬ろうとして……あんな、ことを。
『……』
考えてみれば……おかしかったのだ。
国宝『魔滅剣』は、魔なる邪悪な存在を消滅させるとされている剣だ。これにとどめを刺された魔族は、例外なくその存在を消滅させられる……魔族を斬るための、武器。
しかもそれは、必要でないときには鞘から抜くことができないといういわく付きだ。実際、ガラドが国宝を使ったのは魔王だけ……いや、使えたのは魔王と、ライヤを斬った時だけだ。
なんで、魔族しか斬れない剣で、ライヤの命を奪うことができたのか。
『……はは、そういうことか』
『……』
『俺は、魔王に寄生されて……魔族になった。だから、あの剣で斬れたのか』
では、あの記憶は……ヤークワードを蔑む言葉は、ガラドとミーロの口づけは?
『でも、ガラド……せめて、なんでこんなことをしたのか……せざるを得なかったのか、一言くらいライヤに行っても……』
『うむ……心を許した仲間に、背後から刺されたのだ。ライヤにとっては、理不尽なもの……きっと、お前を……いや、俺たちを恨みながら、死んでいく』
『……だからだよ』
『……』
考えても、考えなくても……記憶をたどれば、真実を知れば、その答えが、ある。
エーネが、ヴァルゴスが、ガラドが、ミーロが……みんなが、涙を、流している。
『真実を、伝えてみろ。お前の体に魔王の魂が寄生した、だからお前を殺す……そんなこと、ライヤが知ったら、きっと自分を責める』
『……そりゃ、ライヤは自分のことお荷物だって言ってたけど。でもそれは……』
『俺たちじゃない、ライヤがきっと、ライヤ自身を許せない。自分を責めて、責めて、責めながら死んでいく……最期に、自分を嫌って死んでいく』
『……それは……』
『だったら……恨むなら、せめて俺たちだけにしておいた方がいい。俺たちのことを憎んで、自分のことを役立たずなんて、思わずに……』
『……ガラドは、それでいいの?』
『……いいか悪いか、って言われるとな。お前らこそ、俺の勝手な判断に巻き込んで、ごめんな』
記憶の中のガラドは、みんなは……誰も、ライヤのことを冷たく、見下してなんかいなくて。
『ううん、その罪は私たち全員のもの。私も、背負う』
『仕方ないわね』
『だな。きっと、俺たちは死んだら地獄行きだ』
こんなの、違う。これまで、仲間への復讐の炎を燃やしてきた……
だというのに、これではまるで……
『どうやら……"俺"の記憶にあったのは、"俺"の憎しみが勝手に見せた、幻みたいなものらしい。それとも、魔王が寄生して変な幻覚を見せられてたのか』
『……じゃあ、俺は……』
今まで、なんのために……憎んで、憎んで、憎んで。殺してやると、その憎悪を胸に抱いて。
それも、すべて……自分の、勘違いだったと、いうのか。
『だからこそ……"お前"には、この先"ヤークワード"としての人生を、歩んでほしい』
『……そのために、お前が消えるって?』
『そもそも魔王の魂は、ライヤの魂に寄生し、その後ライヤを転生させて自分も一緒に転生したんだ。だから、"俺"の魂を、因果を断ち切ればその瞬間魔王も寄生先を失い、消える』
『……理屈は、わかるが……』
『さっきも言ったように、"俺"はもう死んでる人間だ。けど"お前"は違うだろ……泣いてくれる人がいる』
もはや分裂したとも言える、ライヤの魂とヤークワードの魂。だからこそ、ライヤの魂を断ち切れば……ヤークワードの魂は、助かる。
そのはずだ。
『けどよ、俺は……ヤークワードは、ライヤが転生した存在なんだろ。だったら、転生元のライヤが消えたら、そもそも生まれないんじゃ……』
『まあ、そればかりは賭けだな。"俺たち"の魂は別個のものだと前提しての話だし。……けど、このままじゃ死んでる人間の記憶は残って、生きてる人間の記憶は消える。そんなの、"俺"が嫌だよ』
『……お前にだって、忘れてほしくない人は、いるんじゃないのか』
『そりゃ……母さんや父さん、故郷のみんな。ミーロ、ガラド、エーネ、ヴァルゴス……いるけどさ。故郷のみんなは"俺"が魔王討伐の旅の途中で死んだと知らされてるはずだ。そんな、悲しい記憶を残すよりさ……最初からいなくなったほうが、いい。しかも、おまけに"お前"と世界を救えるんだぜ』
こんな得なことはないだろ、と、ライヤは笑った。その笑顔は、作り笑いだ……ヤークワードには、わかる。
わかるからこそ……ライヤが本気であることも、わかって。ここまで来ても悩んでばかりのヤークワードとは違い、ライヤはとっくに……
覚悟を、決めていたのだ。




