断ち切る魂、存在しない因果
『…………は?』
その言葉は、果たして聞き間違いであっただろうか。
いや、聞き間違えるはずがない……こんな、静寂の支配した空間で。なにより、それは"自分"の言葉なのだから。
なのに……いやだからこそ、意味が分からない。
『お前、今……』
『んん? ……"お前"は消えるな……それは、"俺"の役目だ』
ヤークワードの疑問を汲み取ってか、ライヤは答える……先ほどと、同じ言葉を。
だが、二度目を聞いても、やはり意味の分からない言葉であることに変わりはなくて。
『ま、困惑する理由もわかるよ。なにせ、"お前"は"俺"だ。聞きたいことも、なんとなくわかる』
『だったら……』
『"お前"は"俺"で……もう、"お前"と"俺"、なんだよ』
『はぁ?』
なにが言いたいのだろう。彼が自分だというのなら、自分はこんな回りくどい人間だっただろうか。
そのじれったさを感じ取ってか、ライヤは苦笑いを浮かべた。
『そんな難しく考えるなよ。言葉通りの意味なんだからさ』
『言葉通り、って……お前は消えるな、俺の役目、って?』
『そう。消えるのは……因果を断ち切るのは、"お前"じゃない。"俺"だよ』
改めて言われても、すぐに理解は追いつかない。
だが、それを待つもりもないのか、ライヤは続ける。
『『断切剣』は、斬った者の因果を断ち切る剣……因果を斬られた者はその存在すらも消滅する。ここまではいいな?』
『あ、あぁ……』
『そして、"お前"は自分を犠牲に、すべてを救おうとしている。……いや、そんな大それたものでもないか』
『……まあ、そうだな』
『その役目を、"俺"が負うって言ってる』
言葉通り……先ほど、ライヤが言った通りだ。説明されたところで、結局言っていることは同じだ。
同じだからこそ、答えの得られない時間が続き、焦燥感が強くなる。
それに……
『わけわかんねぇよ。だって、そもそも……』
"お前"は消えるなだの、"俺"が役目を負うだの。
どう言葉を並べても、それは不可能だろう。だって、ヤークワードとライヤは同じ人間、同じ魂のはずで。
『それも言ったろ、さっき。"お前"は"俺"で……もう、"お前"と"俺"、なんだよ。ってな』
『……それってつまり……俺たちの魂は、もうわかれてるって言いたいのか?』
『そういうこと。ここに、"俺"と"お前"がいるのが、なによりの証拠だろ。というか、転生の素体になったのは"俺"だけど……もう"お前"は、"俺"の記憶を持つだけの別人でしかないよ』
そこまで聞いて……ようやく、ライヤの言わんとすることが、わかったような気がする。
2人は、同じ人間だから、"お前"だの"俺"だのとややこしく感じていた。だが、すでに2人が同じ人間ではなかったとしたら?
正確には、同じ人間の中にあった2つの魂が、わかれているのだとしたら……
『俺じゃなく、俺の魂を……因果を、断ち切る』
『そ』
『なっ……そんなの……!』
認められるはずがない。そもそも、2つに魂がわかれているなど、まだ半信半疑なのだ。そりゃあ、ひとつの体で2つの魂が対面することなど、あり得ないが……
それに、だ。もしそれが実行できるとして、そんなことをしたら……
『ライヤの因果は、断ち切られ……誰の記憶にも、記録にも残らなくなる』
『っ、ふざけんな! そんなこと……』
『許せない、って? "お前"には言われたくないなぁ』
『……っ』
お前には言われたくない……まったくもって、その通りだ。
死を覚悟し、因果を断ち切る選択をしたヤークワード……それを止めようとしたノアリやミライヤたちを振り切ったのは、誰だったか。
だが……今それをやろうとしているのは、いわば自分の半身だ。
『けど……』
『ったく、お人好しだな。いや、自分に対して甘いのをお人好しって言っていいのかはわかんないけど』
『……いいのかよ、それで』
ケラケラと笑っていたライヤは……ふと、寂し気に笑った。
『どうせ、"俺"はもうこの世にいない人間。未練はないさ。けど、"お前"は違うだろ』
『未練って……そうだ、復讐は、どうすんだよ。そりゃ、ガラドはもう誰かに殺されたけど……だからこそ、そんなんじゃ死にきれないだろ』
『あー……あれな。そういや、そうだよな。"お前"は"俺"の復讐の記憶に引っ張られて、不自由な生活を強いてしまったよな』
『そんなことはっ……』
『けどな……全部、"俺"の勘違いだったんだよ』
寂し気に……そして、怒りとも悲しみともわからない、複雑そうな表情を浮かべて……ライヤは、とある一点を指した。
暗闇の空間に、ヤークワードの記憶とは別の映像が映し出されていた。
『これ……』
『"俺"の記憶だ』
映し出されたのは、ヤークワードではない……ライヤの、記憶。
『21年……21年だ。貴様ら人間に猶予をやろう』
『猶予だと? 負けた奴が、ずいぶんえらそうじゃないか。それに、お前はもう消えるんだ』
『ははは、21年の月日が経った後、我は再び甦る……その時が、楽しみだよ』
『寝言は寝て言え……永遠の眠りの中でな』
これは、知っている。魔王を討ち倒し、その直後の記憶だ。
『はぁ……終わった、のか?』
『あぁ、そのようだな』
『やった……やったのよ、私たち! 勝ったんだわ! それに、生きてる!』
『ねぇ、魔王の、最期の言葉って……』
『なあに、ただの負け惜しみさ。魔王を討ち滅ぼすって言う、この国宝でとどめをさしたんだ。それに、ちゃんと手応えもあった……巨悪は、消えた』
これも知っている。魔王を倒した喜びを、噛みしめている記憶だ。
そして、この後にライヤは、仲間だと思っていたライヤに刺されて……
『ライヤ……ごめん!』
ズシャッ……
『……え?』
知……らない記憶だ。こんなの、知らない。知らない言葉だ、なんだそれは。
映像は、ライヤ視点……だから、見えた。
なんで……なんで、振り向いた先にある、ガラドの顔が……
ガラドが、苦しそうな顔をしている? ガラドが涙を、流している?
『こっからが、"お前"の知らない……いや、"俺"も知らなかった、真実のその先だ』




