新たな国宝
まるで、何事もなかったかのように……ただ、散歩でもしているかのような軽快な、足取りで。
姿を見せるのは、ひとりの子供。それがいつもの普通の日常の風景ならば、別におかしな点はない。
問題は、暗雲の空の下、見える景色のそのほとんどが一変してしまっていること。建物は、人は、無惨にも推しつぶれ、もはや日常は崩壊していた。
そこに、平然と現れた子供……普通ではない。
しかし、ヤークワードは……直感的に、子供の姿を見た瞬間に、理解していた。彼は、子供などではなく……
「お前……セイメイ、か……?」
どうして、そんなことを思ったのかはわからない。以前に会ったセイメイは、老人の姿だった。が、目の前に現れたのは子供。似ても似つかない。
そのはずなのに……本能が、そうであると告げていた。
「ほほぅ、主は聡いの。いかにも、儂じゃよ」
子供の姿で、おおよそ子供が使うとは思えない言葉……それに、その口調。雰囲気。そのどれもが、彼の知るシン・セイメイのものだった。
確か、ノアリとヤネッサ、アンジェリーナはセイメイと会ったと言っていた。とっさに、ヤークワードはノアリへと視線を向けていた。
彼女は、小さくうなずいた。
「カカッ、しかし……主を助け出した後、なにか面白いことが起こる予感はしておったが……ここまで事態が動くとはのぅ」
セイメイは、子供らしい無邪気な笑いで、辺りを見回す。おおよそ、この国で生き残っているのはこの場にいる者が大多数だろう。
他はすでに息絶えているか、そうでなくても動けないか死にゆくのみか……
「お前、どういうつもりで俺を……」
聞いた話では、セイメイがヤークワード救出に手を貸してくれていた。クロード先生の足止め然りローブのエルフ然り。
しかし、ヤークワードにはセイメイに助けてもらう理由がない。恨まれる理由はあったとしてもだ。
「んー……同じ転生者のよしみ、ではだめかの」
「なんだその取ってつけたような……」
「余を前に、よくもつまらぬ騒ぎを起こせるものだ」
さらにヤークワードがセイメイに食ってかかろうとしたところで、行動を強制に止めるような、冷たい声が届く。
外見も、声すらもヤークワードのものなのに……その中身は、やはり彼ではない。
「これはこれは、神龍よ。よもや儂の生が続くうちに会えるとは、思わなかったぞ」
ヤークワードの姿を借りた、龍……神龍と呼ばれた存在は、軽く礼をするセイメイを見つめる。
あのセイメイが慕っている……というわけではない。ただ、アンジーの言うように伝説の生き物である龍に、一応の礼を尽くしているようだった。
「……命族の王、か」
「おぉ、儂のことを知っておられるとは。儂もまだまだ捨てたものではないの。ちなみに、今どきの言い方だとエルフ族と言うようじゃ」
「どうでもいい。何用だ」
どこかフレンドリーに話すセイメイに、龍はどこまでも冷静だ。いかにセイメイが、はるか昔から転生しているとはいえ、龍と会ったことはないらしい。
その、刺すような視線を受けても臆さないのは、さすがだろう。
「いやいや、儂が用があるのは……主じゃよ」
「……俺?」
セイメイの視線は、再びヤークワードへと向く。
そして、その右手に持つものを……その切っ先を、ヤークワードに向けて。
「これを、主に渡したくての」
「……剣?」
指されたのは、剣……セイメイといえど子供の姿で持つには不釣り合いで。その刀身は、薄く桃色に光っていた。
普通の剣ではないのは、見ればわかった。
「これ……」
「国宝『断切剣』……主に、必要なものじゃ」
国宝……その言葉に、ヤークワードは目を見開く。それは決して、彼には無視できない言葉だったから。
魔族を消滅させる剣『魔滅剣』、目的の場所に一瞬で移動することができる『転移石』……その2つを、これまでに見てきた。
そして、新たなる国宝を、なぜかセイメイが持っている。
「だん、せつ……これを、俺に……?」
「そうじゃ」
「話が、見えないんだが……」
言葉が出てこないのは、ヤークワードだけではない。遠巻きに話を聞いていた、仲間たちも同じだ。
しかも、彼女らにとっては国宝という言葉すら初めて聞くもの……下手に口を挟んでも、意味のないことだ。
「……なるほどな」
そんな中、龍だけが……なんの説明もなしに、なにかに納得したようにうなずいた。
それを横目に、セイメイは口を開く。
「こいつは、文字通り断ち切る剣じゃ」
「断ち切る……なにを?」
「"因果"を」
にやりと、セイメイは笑う。
「これは、一度のみ……斬った者の、過去の"因果"を断ち切ることのできる剣」
「因果を断ち切る……? なに言って……」
「たとえば、そうじゃな……この剣で、主を斬ったとしよう。ヤークワード・フォン・ライオスが生まれてきたという"因果"を断ち切る……すると、どうなるか」
説明の中に恐ろしさが満ちていく……しかし、それでもセイメイは笑っていた。
楽しそうに。まるで新しいおもちゃを見つけたように、笑っていた。
「ヤークワード・フォン・ライオスが生まれてきたという"因果"は断ち切られ……ヤークワード・フォン・ライオスという人間は、この世から消える」
「……っ、きえ……」
「それだけではない。生まれたという"因果"を断ち切られるということは、そもそもこの世に誕生しなかったということ。つまり……」
その先は、口にしないでもわかった……わかってしまった。なにを言おうとしているかも、なにをさせようとしているのかも。
わかったことを、わかった上で……セイメイは、極上の食べ物を前にしたように、笑みを深めて。
「その者に関する記憶も、記録も……すべて、なかったことになる」
この場にいる全員に、聞こえるように……はっきりと、言い切った。




