与えられた命
「転生者って……なに?」
衝撃は、そのまま言葉となって表れる。体から力が抜け、掴み上げていた龍……ヤークワードの姿へと成っていたそれを、離す。
その視線の先にいるヤークワードは、なんとも言い難い、複雑そうな表情を浮かべていた。
「ヤーク、転生って……」
「……聞いたことが、あります」
困惑するノアリの言葉を切り、一歩踏み出すのはアンジー。エルフ族である彼女には、その単語に聞き覚えがあった。
これもまた、かつて読んだ書物の内容だ。
「魔法……いえ、魔術の中には、自分の魂を今とは違う時代へと飛ばし生まれ変わらせる……つまり、転生させる魔術。転生魔術が存在する、と」
「転生魔術……じゃあ……」
アンジーの説明を受け、ノアリは、そして各々は、なにを言うべきか言葉を探していた。
そもそも、アンジーとヤネッサ以外は魔法だの魔術だの、そういったことには全然詳しくない。それが、それほどすごい魔術なのかも。
だが、魂を生まれ変わらせると聞けば……それは、とんでもないことなのだと、ぼんやりとでもわかる。
つまり、今目の前にいるヤークワードは、見た目通りの年齢ではなく、すでに長い年月を生き、そして転生したというのか……
「でも……ヤーク様は、ヤーク様です!」
黙り込む空間の中で、健気にもミライヤの声が響いた。
転生であろうがなんであろうが、そこにいるのはヤークワード。そこに、なんの違いもない。
それに、彼自身が魔王の生まれ変わりだと打ち明けられたときに比べれば、そんなのなんてことも……
「あれ?」
そこまで考えて、引っかかりを覚える。龍はヤークワードのことを『前世の魂と魔王の魂が混じっている』と言った。これは、ヤークワードの前世の魂は魔王ではないことを、示している。
だったら……なぜ、前世の魂に、魔王の魂が混じるのだ?
「あいつ……」
ぼそっ、とノアリが爪を噛む。思い出したことがある。シン・セイメイのことだ。
彼は、ヤークワードのことを『混じりの小僧』と呼んでいた。
それがどういう意味かわからなかったが……あの時点で、気づいていたのだ。ヤークワードが転生者であることも、魂が混じっていることも。
「ヤークワード様と、というかその前世の魂と、その、魔王は……なにか、かかわりがあったと、いうことですの?」
「かかわり……例えば、どちらも同じタイミングで、同じ場所で死んだ……とか?」
魂が混じり合う可能性について考えを巡らせていた、アンジェリーナとリエナ。その洞察力は、若いながらもさすがだと言うべきだろう。
もしもこの場に、ミーロが……あるいはガラドがいたならば、その考えにすぐたどり着いたであろう。
「魔王と同じ場所で死んだって……それって……」
そこまでたどり着いて、しかしその先に誰も考えが及ばない。
当然だ……勇者パーティーのメンバーは、ガラド、ミーロ、エーネ、ヴァルゴス、そしてライヤ。このライヤという人物の情報は、あまり残っていない。
せいぜい、魔王討伐の旅の道中、奮闘虚しく魔族に殺された……程度のものだ。
"真実"は、そこには書かれていない。
「お前らがなにを考えているかの予想はつくが、余がその時間に付き合ってやるつもりはない」
思案の静寂、その場をばっさりと断ち切るのは、そもそも混乱の種を巻いた龍。彼……性別があるのかはわからないが……の言うように、ノアリたちの思いに、彼が付き合う必要はないのだ。
むしろ勝手に悩み考えればいい。その間に、済ませることを済ませるだけだ。
「さて、ヤークワード・フォン・ライオス……お前ももう知っていようが、お前の中には魔王の魂が混じっている。そして、その復活は、すぐそこだ」
「……」
「おそらくは、魔王が死に際に自らの魂を別の人間の体に移した。しかしその体も死に瀕し……命が尽きる前に、転生魔術を使い難を逃れた」
まるで見てきたかのように、龍は言う。龍はヤークワードの記憶を読み取っているので、実際に見てきた、という使い方は正しいのかもしれないが。
それは、ヤークワードがライヤであった頃、実際に体験したものだ。魔王を倒し、魔王が死にゆく中不吉な言葉を残して……その直後、仲間だと思っていたガラドに殺されて……
「……ん?」
ふと、引っ掛かりがあった……喉の奥に、魚の骨が刺さったような、妙な違和感。
なんだろう、今、無視できない事柄が、あったような……
「魔王が復活すれば、世界は闇に落ちる。だから……お前には、死んでもらう」
その間も、龍の言葉は続く。予感はしていたことだ、驚きはない。
むしろ、その手段がわかっていながら、こうして龍という存在が出てきたこと自体が、驚きで……
「ま、待って……死ぬって、そんなの、だめよ!」
しかし、ノアリはそれを認めない。ノアリだけではない、口々にそれはダメだと、騒ぎ立てる。
それだけ、ヤークワードを大切に思ってくれているのだ。それは素直に嬉しい。だが、もしも魔王が復活すれば……世界がどうとかもう興味はないが、少なくとも、ここにいるみんなは殺される。
みんなが殺される。そうなるくらいなら……
「どうせもう、終わった命……」
一度は、死んだ命だ。それに、龍の話を聞くに……ヤークワードの中に魔王の魂があるが、ライヤがヤークワードへと転生したのもまた、魔王の仕業ということだ。
誰が、なんのためにライヤを転生させたのか。それは、魔王が生き延び、後の時代にて復活するため。
なにもかも、魔王の手のひらだったということだ。魔王に与えられた命も同然、惜しくは……
「カカッ、なにやら愉快なことになっておるようじゃのぅ」
「!」
ふと、耳に届いた声……それを理解した瞬間に、背筋に寒気がした。弾かれるように、声の方向を見る。
そこには……ヤークワードの知っている姿とは違う……しかし、確実にそうだと言い切れる、男がいた。
「セイ、メイ……?」
かつての老人の姿ではなく、子供の姿となったシン・セイメイが……こちらへと、歩いてきていた。
その右手に、子供が持つには大きめである、剣を持って。




