世界の転換点
「竜が、いる」
外に、いや天にいるという圧倒的な存在。アンジーはそれを、『りゅう』だと言った。
それを聞いてまず思い浮かぶのが、竜族であるクルド。彼と同類の存在。同じ竜族の、誰か。
しかしそれが、なぜこの場に現れたかは、一切不明で。
「なんなのです、その、りゅうというのは」
おずおずと手を上げ、アンジェリーナが聞く。彼女は、クルドと会ったことがなかっただろうか。
とはいえ、同じ疑問を抱いた者は多いだろう。それらに答えるため、アンジーは軽くうなずく。
「龍とは、遥か昔に存在した、伝説上の生き物とされています」
「伝説の?」
「はい。その姿は、大蛇のように長い胴体で、4本の手足。それに、硬い鱗を持つとされています」
「……ん?」
アンジーの語る、『りゅう』の特徴……しかし、その姿の情報を聞いて、ヤークワードの中にようやく別の疑問が生まれる。
彼女の語った『りゅう』の姿、それがヤークワードの知る竜……クルドのものと、大きく違っていたからだ。
鱗や、手足は問題ない。問題なのは、大蛇のように長い胴体、というもの。
「ねぇ、それって、竜族とは違うの?」
同じ疑問に至ったのか、ノアリが疑問をぶつける。クルドとも交流があり、なにより自らも竜族の血を取り込んでいるのだ。気にならないはずがない。
竜族、と単語を受け、アンジーは緩く首を振って。
「竜族、とは、ヤーク様やノアリ様が言っていたクルド殿のことですね。同じようで、明確に違います」
きっぱりと、言い切ったのだ。
「そう、なの……」
「私も、書物での情報しかわかりませんが……竜族とは、種族として昔、この世界に君臨していた4つの種族のひとつ」
アンジーの話を聞きながら、ヤークワードは思い出す。確か、セイメイも同じようなことを言っていた。
竜族、鬼族、魔族、そしてエルフ族……かつて命族と呼ばれた4つの種族が、この世界に存在していたと。今は、人と共存しているエルフ族、人知れず暮らしている竜族、復活した魔族がちらほらといる程度だ。
その、数少なくあったエルフ族も……
「しかし、龍とは……世界に、ただ一体しか存在しないとされる存在」
「ただ一体……」
感傷に浸りかけていたヤークワードの意識は、再び話を始めたアンジーへと戻される。龍の存在なんて、セイメイからも聞いたことがない。
まさか、知らないとも思えないが……まあ、あの状態で話す内容でもないだろう。
「私、知らない……」
「ヤネッサは、難しい本とか読まないでしょう」
「うっ」
エルフの森にあった書物であるなら、ヤネッサの目にも触れているはずだ。しかし、彼女はそれを読んだことはない。難しい本は読まない性格なので、当然だが。
そのヤネッサは、今なお、ミーロに回復魔法をかけ続けている。無駄かもしれないとわかっていても。
結界を維持するため、アンジーにはそちらに集中してもらいたい。
「けど、その龍ってやつと、外で起こってる現象、なんの関係があるの?」
外に存在するものの正体はわかった。あくまでアンジーの推測ではあるが。
それでも、龍と外の現象の説明がつかないのも、事実だ。
「書物によると、龍が現れるときは、世界にとっての転換点……と。世界が変わるかどうかの瀬戸際に現れるとされています。その存在感は、出現するだけで周囲に影響を及ぼすと」
「……なんかスケール大きすぎて、いまいちピンとこないわね」
「じゃ、じゃあ、これはあの龍が自発的にやってるわけじゃないってことですか……? 世界の転換点って……?」
「!」
交わされる会話、その中で、ヤークワードには心当たりがあった。龍だとか世界の転換点だとか、ノアリの言うようにスケールが大きすぎる。だが、そうなりかねない要因に。
そっと、己の胸元に手を当てる。自分が、魔王の生まれ変わりだとして……それが、復活するまであと半年。それが、世界を滅ぼすのだとしたら?
『本来存在しえない命……それが生まれたことが、『歪み』となり、少なからず世界に影響を与えることになる』
以前セイメイは言っていた。転生者が新しく命を授かる場合、それは世界の『歪み』になるのだと。
『主、周りでなにか……異常なことはなかったか? なにか、大きな事件とか』
『不可解な出来事、と言ってもいい。それが、主が転生したことにより発生した歪みじゃ』
思い当たることは、多い。『呪病』事件、『魔導書』事件、魔族が現れたのだって……本来、あり得ない事象のはずなのだ。
そして今、またもあり得ないものが、空に君臨している。もしも、アンジーの言う通りなら……ヤークワードの中にいるかもしれない魔王は、以前ガラドたちが倒したものとは別次元の可能性がある。
あまりに大雑把な理由。けれど、そう、思えた。
「世界の転換点とかなんとか知らないけど、その龍が今、たくさんの人を殺してるじゃない!」
「本人にそのつもりはない……ということでしょうね」
「はた迷惑すぎるわよ!」
「今は、この状況をどうするかが先決だ」
ここで言い合っていても仕方がない。あれが龍だろうが世界の転換点だろうが、このままではみんな死んでしまうだろう。
しかし、外に出れば瞬く間に押しつぶされてしまう。魔力で守ってもらえれば、ある程度は大丈夫だろうが……
「俺が、行く」
「ヤーク……?」
そこで、声を上げるのはヤークワード……もしも、龍が現れた原因が自分にあるというのなら、自分が出ていけば、事態は収束するかもしれない。そう考えてのことだ。
だが、それに納得する者は、もちろんいない。
「なにを言っているの、そんなのダメよ」
「そ、そうですよ!」
ノアリが、続けてミライヤが首を振る。他のみんなも、同じ意見だ。
自分が出て行って事態が収束する確信が、あるわけではない。それでも、ヤークワードは窓の外から天を睨む。
「こんなことになったのは、俺のせいかもしれない。だから……」
「? それって……」
「……」
先ほど決めた覚悟、それとはまったく違う形で、決断を迫られている。
だが、みんなを納得させるには……なにより、自分が納得するには、もうこれしかなかった。
「俺は…………魔王の、生まれ変わり。かも、しれないから」
己の中に秘めていたものを……ついに、吐き出した。
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