終末へのカウントダウン
「アンジー!」
「!」
背後、家の中から自分の名を呼ぶ声に、アンジーは我に返る。今は、あの圧倒的な存在より、ミーロを気にする方が重要だ。
魔力により全身を守ってはいるが、この状態でも気を抜けば、押しつぶされてしまいそう。
これは、強力な重力だ。それと、天にいるなにかが無関係だとは、思えないが……
「奥様……!」
倒れたままの、ミーロを抱き上げる。全身から血が流れ、あの建物のようにひしゃげてこそいないが、おそらくは全身の骨が折れている。
このままでは、危険だ。
「奥様、気をしっかり……!」
「母上!」
ミーロを抱き上げ、アンジーは急ぎ家の中へ。念のため、扉は閉めておく。
すでに動いていたロイが毛布を持ってきて、床に敷く。その上に、ミーロを寝かせてはまじまじと、その姿を見つめて……
「は、母上……」
唖然としたキャーシュの声が、虚しく響いた。ミーロの姿は、とても直視出来たものじゃない。
なにかに押しつぶされた、という表現通り、ミーロの体は全身が押しつぶされていて……抱えたアンジーにはわかったが、全身の骨が砕けている。骨が砕けているほどの圧力ということは、おそらく内臓も……
それに、あらゆるところからの出血がひどい。つぶれた部位から、外も打ちも関係なく出血を起こしているのだ。胸は上下しているので、かすかに息はあるようだが。
「そんな……」
その姿を、呆然とした様子でヤークワードは見つめる。かつての、幼馴染……想い人の姿を。
魔王を討伐するための旅の中でだって、これほどの傷を負ったことはなかった。そもそも、『癒しの巫女』である彼女は、自己回復力に優れている。昔から傷の治りは早かったが、力を意識してからはいっそうに、自己治癒の力は上昇した。
だから、よほどの重傷でもない限り、すぐに傷は治るはずなのだ。
一日寝れば、どんな傷でも……と、楽観できる状態では、ないが。
「あ、アンジー! それにヤネッサさん! 母上を、治して……」
「わかっています、ヤネッサ!」
「うん!」
即座に、アンジーとヤネッサが、ミーロへと手をかざす。この状況において、頼れるのはエルフ族の魔法だ。
この場所を守ってくれているアンジーにさらに負担をかけるのは申し訳ないが、その気持ちが吹き飛ぶほど、今のキャーシュは混乱している。
だが、ミーロを助けたいのは、アンジーもヤネッサも、同じことだ。
「……っ……」
2人の両手からあたたかな光が漏れだし、同じ光がアンジーの体を覆っていく。回復魔法だ。
それは見る間に血をきれいにしていく。それに、血色の悪かった肌にも若干ながら健康な色が戻ってきた。
回復はうまくいっている……そのはずなのに、2人の顔色は優れない。
「……アンジー? ヤネッサ?」
その雰囲気は、2人と長年を共にしてきたヤークワード……でなくても、気づくことができただろう。
やがて、光は消える。後に残ったのは、おびただしかった血が消え、見た目は多少"マシ"になったミーロの姿。
「2人とも? どうし……」
「すみません、これ以上は……」
「無理、治せない」
困惑するキャーシュの問いに、返ってくる言葉はひどく冷たい。だが、それはもちろん、意地悪で言っているわけではない。
2人の浮かべている、無念にも思える表情が、その証拠だ。
「どういうこと?」
もちろん責めているわけではない。が、状況の説明を、ノアリは求める。
一同、同じくそれを求めている。
「……出血箇所など、傷と思える場所は確かに、魔法が作用しました。ですが……」
「つぶれた部分には、どうしてか魔法が効かない」
眉を寄せ、理解が出来ないとばかりに口を開くアンジー。その説明を、ヤネッサが引き継ぐ。
血もきれいになった、血色もマシになった……だが、押しつぶれた部位は、そのままだ。つまり、折れてしまった骨や、つぶれた内臓もそのままだということ。
これでは、完全な治癒とは言えない。
「そんな……!」
「魔力が効かない……ってことですか?」
「っ」
苛立ち気に顔を歪めるアンジー……そんな彼女の姿を、ヤークワードは初めて見た。いや、おそらくは誰も見たことのない表情だ……ヤネッサでさえ、驚いた表情を浮かべている。
魔力が通用しない、使えない……そんな状況を、アンジーたちは味わったばかりだ。今も、己の無力感に心を痛めている。
魔力が通用しないほどの状態……それこそ、『癒しの力』が必要となるはずなのだが……
……一番通用するはずの、本人がこの状態なのだ。
「外では原因不明の現象が起こってるし、そもそも外に出た時点で、ミーロさんみたいに……」
「ど、どうしたら……!」
原因がわからなければ、それを解決する手立てもない。ついさっきまで、ガラドを殺したヤークワードを奪い返し、今後の方針を話し合っていたというのに……
『勇者』が殺されたり、魔族が再び現れたり、そしてこの事態……予想だにしないことが、起こっている。
「……原因はおそらく、外にいたアレです」
「アレ?」
そんな中で、アンジーが言う。
先ほどミーロを助けるために外に出た際、見てしまったものだ。原因はと聞かれれば、アレが関わっていると言う他にない。
なにせ、家に入る前までは……いや、あの揺れが起こるまでは、空にはなにも居なかったどころか、あんなに雲に覆われてもいなかったのだから。
「なにを、見たんです?」
落ち着いた様子で、ロイが聞く。彼女が、そしてミーロが見たものを確認するために。
それを受けて、アンジーは小さくうなずき……自分を見つめる一同を見回して、口を開く。
「その全容が見えたわけではないですが……あの姿は、おそらく、龍かと」
「りゅ、竜?」
そのアンジーの答えに、いち早く反応するのはヤークワードだ。その理由は、知った単語が出てきたからに他ならない。
竜族のクルド、友達であるその存在を思い、驚愕に震える。
「はい。昔、読んだ書物に描いてあった、それに似ていたと思います」
全容を見たわけではないアンジーとしては、その情報は不確定なものだ。さらに、読んだ書物というのも随分昔のこと。
しかし、それでも以前読んだものを思い出させるほど、あの存在感は強大だった。
「竜、って……」
それに、ヤークワードと同じく反応するのはノアリだ。彼女も、ある意味ではヤークワード以上に他人事ではない。
その単語に思いを馳せる各々の気持ちは、様々だ……ゆえに、まだ気づかない。
アンジーの言う『りゅう』とヤークワードたちの思う『りゅう』、その認識に、大きな違いがあることに。
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