成長する者たち
魔族との、再びの衝突。以前、辛酸をなめさせられた者も多い中で、しかし今、ヤークワードたちは確実に魔族に対抗出来ていた。
以前と明確に違う点として、魔力封じの結界の有無。魔族の使用魔術の制限。魔族自身の弱体化。そして数の利……これらが、ヤークワードたちに優位な状況を作っていたことは、間違いない。
だが、それよりもなによりは……
「でやぁあああああ!」
「はぁああああああ!」
2人の少女の、急激な成長。これが、状況が優位に働く一番の理由だろう。
それは、誰であろうノアリとミライヤ。元々成長期である2人だが、それ以上に彼女たちに流れる血が、彼女たちの成長を著しく促していた。
竜族と鬼族の血が、それぞれ2人の体を強くし、この戦いの中でさらなる成長を遂げさせていた。
「全く……厄介、ですね……!」
それを相手する魔族にも、だんだん余裕がなくなってきている。相手がひとりや2人ならいざ知らず……
彼女たちをサポートするように、数人がかりで動いている。それも、人間の小娘が……
人間など、魔族にとっては恐れるにも足らない存在。しかし、それを脅威と感じさせているのが、彼女たちを強化させているエルフの存在だ。
そして、極めつけが……
「らぁああああい!」
「おっ……」
ガギンッ……と、鈍い音を立てて剣が弾かれる。
気合いを込めて斬りに来たのが、魔族の目的でもあるヤークワード。彼の剣を弾くことには成功したが、弾いた方の腕が、痺れる。
彼自身意識しているのか定かではないが、その刃には魔力が纏っている。そのため、一太刀が重い。
しかも、魔力の乗った攻撃は魔族にとって、致命傷となる。特に、魔王再誕目前の彼の魔力は特に。
だから、彼の攻撃だけは、絶対にくらうわけにはいかない……
「くっ……当たらねぇ!」
果たして意図して自分の攻撃だけ弾かれていることを気づいているのかいないのか、ヤークワードは小さく舌を打つ。
魔族にとってヤークワードは、絶対に手にしなければいけない存在であり、また脅威として立ちふさがっている存在でもあるのだ。
もしこの場に居るのが彼ひとりだけなら、連れ去ることも容易にできようが……
「ミライヤ!」
「はい!」
この短時間の間に、個々に成長を遂げているどころかコンビネーションもうまくなっている2人の少女が、特に厄介だ。
それに……
「っ……」
多対一……必然的に魔族は囲まれる形になっているが、それと含めて、どんどん後ろに追いやられている。
つまりは、戦いの中でヤークワードたちは、結界の外へも出ようとしているのだ。
できれば結界内でことを済ませたい魔族にとって、この流れはよろしくない。
「くっ……お、のれ……!」
歯がゆい気持ちを感じているのは攻撃を弾かれてばかりのヤークワードだけではない、魔族もだ。
正直、舐めていた面がないとは言えない……だが、ここまでいいように振り回されるとは、思っていなかった。
「っ、いいのですか! 彼は……ぐっ!」
「うる、さいってのよ!」
戦術で翻弄されるなら、こちらは話術で撹乱する……そう考えて口を開いた魔族だが、その口は強制的に閉じられる。
いや、正確には腹部に打ち込まれた拳により、強制的に苦悶の声に変えさせられた、と言うべきか。
「ぅ、げほっ……!」
「あんたの口から、なにも聞きたくないわ。ヤーク本人から、聞く!」
魔族が語ろうとしていたものは、もちろんヤークワードの正体についてだ。それを語り、動揺を誘ったところで形勢逆転を狙う……少々姑息な手段だが、有効な手段のはずだった。
しかし、そもそも言葉を封じられ、その手立ては封じられた。
「なにも! かも! 勝手に決められて、進んで! 意味わかんない、ってのよ!」
「ぐっ、ごっ……!」
「ちゃんと、ヤークの口から、聞かせなさいっての!」
ノアリの、感情の込められた拳が、魔族の腹部に繰り返し打ち込まれていく。
なにがあったかわからないままに、ヤークワードが捕まり、ガラド殺しの犯人だとされ、助けに来て……なにも、訳のわからないままに、事態が進んでいる。
なにが起こっているのか。なにが真実でなにが嘘なのか。それを、ヤークワード本人の口から聞く。
それが、この場においてノアリたちの、本当の気持ちだ。
「あんたに、惑わされるわけに、いかないのよ!」
「がぁはっ!」
それが真実であろうとそうでなかろうと、ヤークワードに関することはヤークワード本人から聞く……八つ当たりにも似た感情を載せた拳が、魔族の腹部を撃ち抜く。
それは、魔族にとっても致命打となる一撃……まともに受け、後ろへと吹っ飛んでいく。
これまで、どれだけ攻撃を加えても、ピクリともしなかった魔族の体……それが今、加えられた衝撃により、本人の意志とは関係なく吹っ飛んで……
「ぐぁ……!」
背後に打ち付けた何本かの木を折って、壁に叩きつけられる。
なんという凄まじい力。竜族の力に加え、魔術による強化までされているのだ……並みの人間なら、今の一撃で死んでいてもおかしくはない。
痛む腹を押さえ、魔族はすぐに立ち上がり……眼前を、見た。
「……っ」
そこには、剣を構え、目前にまで迫る……ヤークワードの姿が、あった。
「……魔王さ……」
「俺は、人間だ」
最後に口から漏れた言葉。しかしヤークワードは、それに取り合うこともなく……
剣の切っ先を、魔族の胸元に、深く突き刺した。




