引けない理由vs引けない理由
「ほぉ、これはこれは……」
己を見据えるエルフの存在、それを認めた魔族は不敵な笑みを浮かべた……ように見えた。
黒い鎧のようなものに包まれた顔、端から表情をうかがい知ることはできない。
「貴様が前回、この国を襲ったときは、魔力封じの結界を使ったのだろう。ご丁寧にエルフ族にだけ通用するものをな」
「……」
「だが、今回はそれがない」
前回の襲撃と違う点……それは、魔族が影から新たな魔族を生み出せないのと、もうひとつ。
それが、魔力封じの結界の有無だ。その名のとおり、魔力を封じる……それも、エルフ族のみの。
おかげでエルフ族は結界の中では魔力が使えなかったどころか、魔力の強い者であるほど身体にも異常をきたしていた。
しかし、その結界は今回は、ない。だからこそエルフは魔術を使え、ノアリとミライヤをサポートした。
「そうか……」
その姿に、ヤークワードはどこか納得したようにうなずく。
魔力を封じ、魔法を使わせず、また体も自由に動かさせない……それが魔族の狙いだった。エルフ族の攻撃を封じる、だが魔力でできるのはそれだけではない。
今彼がやったように、身体強化のサポート……それも、大きな戦力の強化方法だ。思い返せば、転生前にはエーネが同じようなことをしていたのを、見たことがある。
魔力の使い方は、なにも攻撃や回復、防御だけではないのだ。
「ただでさえ強大な力を持つ竜族や鬼族を、魔術で強化ですか。これは……」
「無論、身体強化だけが私のやり方ではない」
その瞬間、かざしていたエルフの手のひらが青白い光を放ち……一筋の光線が、魔族へと放たれる。
迫る光線に、しかし魔族は焦った様子もなく、まるでハエでも払うかのように光線を手で払うと、軌道を変えた光線は空へと打ち上げられていった。
「もちろん多彩な魔術で攻撃もしてくる、と」
「あぁ。だが、今のを弾かれるとは」
一瞬の攻防に、ヤークワードたちは目を見張るばかり。
あの凄まじい光線を弾き飛ばした魔族は恐るべきだが、あのエルフも、あの威力の攻撃をあの一瞬で繰り出すなど、凄まじい魔力量と技量だ。
「さすが、セイメイのお仲間ってわけ」
このときに限っては味方である、セイメイを王として慕うエルフ……とりあえず、今だけでも味方で良かったと、ノアリは本気で思う。
それは、他のみんなも同様に思ったであろう。
「おい、なにをボサッとしている」
「えっ。あぁ、そうよね」
攻防に見入り、動けなくなっていたノアリたちに、当のエルフから叱咤が入る。イケないイケない、今やるべきことは、エルフの魔術に見惚れることではない。
ただでさえ、異種族の力に目覚めて己の力の昂りを感じているのだ。ここに、エルフによる身体強化が合わされば、もう怖いものなしのように思えた。
「ふむ、竜族の娘がひとり。鬼族の娘がひとり。エルフの娘がひとり。人間の娘が3人……いやひとりは気を失っているようだ。ローブの貴方がひとり。
そして……」
魔族は観察するように、いつの間にか己を取り囲むようにしている者たちを見る。ノアリを、ミライヤを、ヤネッサを、アンジェリーナを、リィを、リエナを、エルフを。
そして、ヤークワードを。
「個々の力ならば問題はありませんが、これらにローブの貴方の魔術サポートが加わる、と。些か以上に厄介、と言わざるを得ませんね」
「……引くなら、無理には追わないが」
「まさか」
この場を引くなら、というエルフの言葉に、しかし魔族は笑って答える。
「あなたがたに引けない理由があるように、私にも引けない理由が、あるのですよ」
「……そうか」
それが、合図となった。今度は、魔族の方から動きを見せる。
その場から駆け出し、向かう先はエルフ……彼の魔術は厄介だ、だからこそ魔族は、真っ先にエルフを標的にした。
そして……それがわかっていたからこそ。
「させるか!」
「!」
エルフを背に庇うように、魔族の正面に現れたヤークワードが刃を振り下ろす。それを、魔族はとっさに腕で受け止め……
「おぉおおお!」
防ぎ切ることはできず、ヤークワードの剣は魔族の腕を斬り裂いた。
「ぐっ……」
「どうだ……おわっ!?」
勝ち誇るヤークワードであったが、いつの間にかその足を掴まれ、思い切りぶん投げられてしまう。しかも、その先には誰もいないため受け止めてくれるものは、木だった。
「ぐへっ!」
受け身も取れず、背中を木に打ち付け、ヤークワードは地面に崩れ落ちた。
その姿を横目で見つつ、魔族は己の切れた腕を見つめる。
「以前よりも、魔力が上がって……やはり……」
それは、おそらく誰にも聞こえないほどに、小さく呟いた声。
……ただひとり、エルフを除いては。
「……」
エルフはローブを深く被り直し、手のひらに魔力を集中させる。それは、まるで火の玉のような凄まじいエネルギー。それはどんどん大きさを増し、放たれる。
先ほど撃った光線とは別の攻撃魔術。それを受け、魔族はまたも手で払い飛ばす。
しかし、それは単なる目眩まし……本命は、火の玉に隠れるように潜んでいた、ヤネッサだ。
「やぁあああ!」
ヤネッサも、魔力封じの結界さえなければ、魔力を存分に使うことができる。その手に握りしめるのは、魔力で作った矢。
それを、剣のように振り回して、対する魔族は己の腕を武器として、お互いの得物がぶつかり合う。
「っ……みんなの、仇を……!」
ギギギ……と火花を散らし、拮抗する両者の得物。
そんな中で、ヤネッサは誓う。故郷であるルオールの森林を、仲間を燃やし殺した魔族への、仇討ちを。
だが、以前のように怒りに呑まれたりはしていない……自分のためだけではない。同胞の、そして今居る友達のために……再び、誓う。
ヤネッサは、目の前の魔族を倒すことを。




