守るべきもの
騎士学園の敷地内、すなわち結界の外に出るまであとわずか……であるのに、ここに来て最大の難関が立ちふさがる。
以前、ヤークワードがクルドと協力して倒したはずの魔族……それとまったく同じ姿をした、同一といっても過言ではない存在が現れたのだ。
彼は、ヤークワードを視界に捉え……共に来てもらうと、告げた。
「っ……」
とっさに、ヤークワードは構える。先ほどヤネッサから借りた剣を、持ったままだった。
構えるのはヤークワードだけではない。ノアリも、ミライヤも、ヤネッサも、アンジェリーナも、リィも。各々が、魔族を見据えて警戒レベルを引き上げる。
特に、一度魔族と打ち合っているノアリは、その実力が身にしみてわかっている。
「ふむ……多勢に無勢、というやつですか」
「そんなこと言って、また影から仲間を呼ぶつもりなんでしょう」
「それが、困ったことに……この結界の中では、その術が使えないようでしてねぇ」
この魔族相手に、数の有利などあってないようなものだ……そう警戒していたが、思わぬ言葉に拍子抜けしてしまう。
以前は、魔族は対象の影から、対象と同じ強さを持つ影魔族を生み出し、戦わせていた。それは、この国の人間を多く苦しめた。
クルドだって、最初は手こずっていたほどだ。
「それが、使えないなら……」
ここで嘘をつく理由はない。ということは、魔族の言葉は真実だということだ。
影から魔族を生み出せないのであれば、厄介度は大きく下がる。もちろん、あの魔族単体の力もかなりのものだ。竜形態のクルドと渡り合ったほどだからだ。
それでも、今いるメンバーを考えれば、魔族に対抗できない、とは言えないだろう。
「なんだかよくわからないけど、また私たちの邪魔をしようってのなら」
「えぇ、容赦はしません」
ふと、ヤークワードを守るように、ノアリとミライヤが立ちふさがる。竜族と鬼族の力を持つ彼女たちは、この中でも大きな戦力だ。
自分を守ってくれるのは、素直にうれしい。だがヤークワードは、それ以上に……2人に守られる価値があるのかとも、思う。
だって、あの魔族が今現れた理由は……いや、以前現れた時だって……きっと、ヤークワードが魔王の生まれ変わりかもしれないことに、関係しているのだから……
「2人とも、俺は……」
「……今なら、わかるわ、なんとなく。ヤーク、あなたがただの人間じゃないってのも」
「え……」
「感じるのよ、魔力」
小さな声で、しかし確かに聞こえる声で、ノアリは言う。本来、人間には感じられない魔力を、感じていることを。
ノアリも、というか人間は魔力を感じることは出来ない。だが、竜族の力が覚醒し、それをある程度使いこなせるようになったノアリは別だ。
それに、同じ理由でミライヤも。
2人は、ヤークワードから感じるはずのない魔力を感じて……なにかおかしいと思っても、こうして守ってくれようとしているのだ。
「後で、ちゃんと説明してもらうからね」
「ですね」
「ヤークは渡さないよ」
それに、純粋なエルフ族であるヤネッサ……彼女も、きっと。
それでいて、ヤークワードを疑うようなことは、しない。
「おやおや、ずいぶんと人気者ですねぇ」
「別にあいつの人柄はどうでもいいが、私もあいつをお前に渡すわけにはいかない」
さらには、エルフも立ちふさがる。彼が王より授かった使命は、捕まっているヤークワードを奪還すること。
失敗など、あってはならない。突然現れた魔族に渡すなど、あってはならないのだ。
「ヤークワード様は、お友達ですもの」
「は、はい」
アンジェリーナもリィも、全員が臨戦態勢へと入る。
いくら正門の騒ぎが大きいからとはいえ、誰も裏門に現れない保証にはならない。時間をかけては、いられないのだ。
「どいてもらうわよ!」
言って、まずはノアリが突っ込む。竜族の脚力により、深く地面を踏み込み、一気に加速。鬼族ほどでなくても、それの速度は人間を凌駕する。
その勢いを乗せて、振るわれる刃は岩をも斬り裂くだろう。その力が、遠慮なく振るわれ……
「っ……」
「ふむ……」
魔族の右手に、安々と受け止められた。
以前もそうだったが、いったいその細腕のどこに、そんな力があるのか。
バリッ……
「せぇえええ!」
それは一瞬の出来事、いつの間にか背後に回っていたミライヤが、雷の纏った刃を振るう。
ガンッ……と鈍い音を立て、刃はその背に受け止められる。いくら竜族ほど力がないとはいえ、この力でも刃が通らないとは。
もしくは、その鎧のような背中に、秘密でもあるのだろうか。
「無駄ですよ、あなたがたの力では……っ!?」
余裕をもって、2人の攻撃を受け止める魔族……しかし、その声から突如として、余裕が消える。
受け止めていたはずのノアリの刃が、ミライヤの刃が……魔族の右手に、背中に、深く食い込み始める。
とっさに、魔族は刃を、いや2人を振り払う。
「わっ……なに? 今、力が……」
振り払われ、着地したノアリは、己の手を不思議そうに見つめる。ミライヤも、それは動揺だ。
気のせい、ではないだろう。力が、あの瞬間変化した。魔族の力が減ったのではない、自分の力が増したのだ。
力が増したおかげで、あと少しで魔族に致命傷を与えることが出来たのだ。
「今の……」
「あなたですか」
不思議がるノアリとは対称的に、いち早くその謎の答えにたどり着いたのは魔族だ。
その視線を、追うとそこには……右手をかざし、視線をそらさない、フードのエルフの姿があった。
「あぁ。純粋な身体強化の魔術……だが、対象が竜族や鬼族なら、たとえ子供でもその威力は絶大だろう」
今しがた、ノアリとミライヤに魔法ではなく、魔術をかけた男の姿が。




