この先にあるもの
一同は、出口へ向かって走っていた。
先頭を走るのはヤネッサ、最後尾はエルフ。他の者は、2人に挟まれる形で進んでいる。
先ほどのエルフの金縛りのおかげで、追ってくる者はいない。さらに、もし追ってくる者がいてもすぐにエルフなら気づいてくれる。
もちろん、ヤネッサやエルフ頼みにしていられないので、ヤークワードたちも警戒を怠りはしないが……
「この分なら、出口まで一直線だよ!」
「油断するな、まだここは敵の巣窟だぞ」
「む、わかってるよー」
明るい声を弾ませるヤネッサに、しかしエルフの言葉は冷たい。油断するな、という点ではエルフの言う通りではあるが……
それでも、ヤネッサの鼻ならばよほどのことがない限り、異常を見逃さない。それを信頼しているからこそ、彼女に先頭を走ってもらっているのだ。
「とはいっても……」
2人のやり取りを聞きつつ、ヤークワードは周囲を見回す。ほとんどの教師は、先ほどあの場所にいた者、外にて起こっている騒ぎを止めに行った者、そして他にもなにかしら起こっている騒ぎの下へと行った者。
それらの要素が合わさり、おかげでこんなにも大胆に移動しているのに、誰からも追いかけられることはない。
このまま行けば、わりとすんなりと脱出できるだろう……だが……
「……」
そう考えるヤークワードの表情は、固い。それは、この場所を果たして無事に脱出できるかの心配……ではない。
頭の中によぎるのは、先ほどのゼルジアルとのやり取り。己の正体を告げられたときの、あのやり取りが、今も頭から離れない。
お前は、魔王だと……そう、言われたあの感覚が。
「っ……」
無意識に、ヤークワードは胸元に手を当て、服をギュッと握りしめていた。
あのときの言葉は、そしてその後思い出した過去の疑念の数々は、いわば状況証拠でしかない。
そう、確実な証拠はないのだが……腑に落ちる点も、残念ながら多いのだ。
ヤークワードは、元々ライヤの転生体であったはずだ。それは、この記憶にも染み付いている、間違いない……だが、そこに魔王の二文字が、訪れる。
もしも、本当に自分が魔王の生まれ変わりだとして……このまま、逃げて、なにか意味があるのだろうか。ガラド殺しの真意もわからない、なにもわからない。
「……ヤーク様、どうかしました?」
「へ?」
不意に、隣を走るミライヤが話しかけてくる。相当表情に出ていたのだろう、ヤークワードの様子を心配そうに見つめている。
直後、反対側から聞こえてくるのは小さなため息。
「ったく、しっかりしなさいよ。せっかく私たちが助けに来てあげたんだから」
ツンとした様子で言うノアリは、しかしどこか嬉しそうだ。こうして、また話せることが、嬉しいのだと感じる。
そんな、2人の姿に……
「……ごめん、なんでもない」
小さく首を振り、ヤークワードは答えた。考えなければならないことはある、不安なこともある。だが……
こうして、自分を助けに来てくれた。彼女らのためにも、まずはここを無事に脱出することが、最優先だ。
……その先に、なにが待ち受けているのか……それは、まだわからないけれど。
「よーし、このまままっすぐ……」
「いや、左に曲がれ」
先頭を走るヤネッサは意気揚々と手を上げ、鼻唄さえ歌いそうなテンションだ。しかし、そこに水を差すようにエルフの言葉が届いた。
それを聞いたヤネッサは、声の主の方向へと振り返る。その際、頬が膨れており不服であることを表していた。
「なんでさー、こっちのが入り口に近い……」
「正門に向かう必要はない。正門は王が教員を足止めしておられる……そこに突っ込むなど、邪魔になるだけだ」
「……」
エルフの言うことは、正論だ。入り口、つまり正門で、彼の王が暴れているのなら、そこにヤークワードたちが突っ込んでいくなんて王にとっては邪魔になるし、教師たちにとってはカモにネギを与えに行くようなものだろう。
それを聞いて、ヤネッサも小さくうなずいた。
「じゃあ、裏門が安全ってこと?」
「さあな」
そんなヤネッサの疑問を、エルフは一蹴。
「だが、正門で王が暴れている以上、裏門に警備を置くにしてもたいした戦力はいないだろう」
「よっぽどの自信だなー」
王に対する心酔ともいえる発言にヤークワードは舌を巻くが、王の正体を知っているノアリたちは、その言葉が大袈裟とも言えない。
王、つまりはシン・セイメイを食い止めるとなると、並大抵の戦力では歯が立たないだろう。
以前戦ったときより弱体化していると言っていたが、まったくそんな気はしなかったし。
「じゃ、こっからはエルフさんに先導してもらった方がいいのか? いやでも道が……」
「知っている」
「私じゃ道わからないしねー」
騎士学園に足を踏み入れるのが初めてのヤネッサにとって、この道は未知だ。これまで迷いなく動けたのは、対象のにおいを追っていたからだ。
ちなみに正門から入ってきたためか、さすがに正門への道は覚えていた。
「とはいえ、もうすぐだがな」
もういくつ階段を降りただろう。先導するエルフの言葉に、顔を上げればその先に、扉がある。
裏門へと続く扉……ミライヤとリエナが通ってきた道だ。
あそこをくぐれば、ひとまず外に出られる。ここまで誰にも見つからなかったが、だからといって外にも誰もいないとも限らない。
慎重に、しかし勢いは殺さないまま……一同は、扉を開けた。




