再会と衝撃
……ほんの数分前の出来事。
「こっちだよ!」
「あぁ!」
ヤネッサの案内に従い、ヤークワードたちは走っていた。
向かう先は、校長を足止めしているというノアリ、ミライヤのいる場所。先頭をヤネッサ、その後ろをヤークワードとアンジェリーナ、リィ。
そして最後尾を、ローブを被ったエルフが走っている。
「ノアリとミライヤもだけど、リエナも心配!」
この場にいない少女のことを思い、ヤネッサは呟く。
共に来ていたリエナは、ゼルジアルにやられ、未だ意識不明だ。ヤネッサの魔法で傷こそ治ったが、気絶したままであるため、残してきた。
気絶したリエナを背負ってヤークワードを探すのはキツい。かといって、戦場の渦中に置いていくのも心配だった。
苦渋の決断の末、ノアリとミライヤにこちらも任せることになったのだ。
「きっと、大丈夫よ。あの子は強いから」
そう言葉を返すのは、アンジェリーナ。婚約者であったシュベルトの、侍女。その関係で、彼女と過ごした時間は長い。
彼女が強いことを、アンジェリーナは知っていた。
それはそれとして、気絶していたら強いもなにもないのだが……みんなは、口をつぐんだ。
「……血のにおいがするな」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ……」
これまでだんまりだったエルフ、その言葉にリィが怯えたような声を漏らす。
鼻がいいのはヤネッサの専売特許かと思ったが、エルフ族は鼻がいいのだろうか。
……いや。
「確かに……」
その異変は、ヤークワードにも感じられた。
人がいないのもそう、血のにおいがするのもそう……いつも見慣れたはずの学園が、まるで異世界のようだ。
人がいないだけではない、血のにおいがするだけではない……この、異様な空気は……
ドォ……!
「この音……!」
騒ぎの場所に近づいてきた証拠だろう、先ほどからうっすらと聞こえていた音が、徐々に大きくなっている。
なにかを破壊するような、音。それだけではない……聞きたくもないような、悲鳴のようなものまで、聞こえてくる。
「ここ先だよ!」
「ノアリ、ミライヤ……!」
あの2人なら大丈夫だと思いたい。だが、相手は騎士学園校長、ゼルジアル・フランケルトだ。
どこか得体のしれない人物。さすがに生徒を殺そうとまではしないと思うが……ヤークワードは例外としても。
とはいえ、安心はできない。急ぐことに越したことはないのだ。現に、悲鳴が聞こえている。
「いた、あそこ!」
まだはるか先、しかしヤネッサが指さした先には、確かになにかがいた。……なにかが、いた。
後ろからだから誰だかわからない、とかそんな問題ではない。あれは、人なのか?
体半分以上から、なにかが生えてきている。岩……のようなものだ。体も、人にしてはいくらか大きい。
だが、その正体などどうでもいい。ヤークワードが目にしたのは、その向こう側……見知った少女たちが、いた。
「ノアリ、ミライヤ!」
その姿を見つけると、ヤークワードは走る速度を上げる。先頭を走っていたヤネッサを引き抜いて、向かう先は一直線。
アレがなにかはわからない。だが、ノアリやミライヤが、それに他の教師までもが襲われている。
それだけで、敵と判断するには充分だ。
「ちょっ、ヤーク!」
彼は、自分が助けられに来たことを理解しているのだろうか。伸ばしたヤネッサの手は、しかし届かない。
まあ、ここで仲間のために我先に駆けつけられるのが、ヤークのいいところだけど……とも、ヤネッサは思うのだ。
「お、らぁ!」
「っぎぃい!?」
「ヤーク!」
「ヤーク様!」
直後、気合いの入った雄叫びとともに、斬撃が繰り出され……それは、あの変な姿をした奴にダメージを与えたようだ。
ちなみに今ヤークワードが持っている剣は、騎士学園に侵入したヤネッサがその辺で見つけて、パクって収納しておいたものだ。
「ノアリ、ミライヤ……」
「って、感動の再会はあとだよ!」
「お、おう」
今のヤークワードの一太刀は、確かにダメージを与えたようだが……それだけで、倒すには至らなかったようだ。
即座にヤネッサは、意識を切り替えるように言う。
「ところで、これ……なんなの? 別れたときは、確か校長先生を足止めしてたはずだけど……」
「……これが、その校長よ」
「……え?」
今なにと戦っているのか、それを問うヤネッサに、なんとも複雑そうに眉にしわを寄せながら答えるノアリ。その正体に、唖然とするヤークワード。
さっきまで、校長とは一緒にいたのだ。さっきまで一緒にいた人間が、こんな……化け物のように、なっている。
いや、化け物というよりも、これは……
「魔物……」
小さく、ヤークワードは口の中で呟いた。
魔族と言えば、つい先日この国に現れた魔族を思い浮かべるだろう。だが、ヤークワードが思うのはもっと別のもの。
転生前……彼が、ライヤという人物であった頃。勇者パーティーの一員として行動していた彼は、数多くの魔物を見てきた。
魔族ではあるが、それは魔のものを一緒くたに呼んでいるだけで、正確にはそれらとはまた違う……知性のない獣。それを、魔物と呼んでいた。
目の前にいる、校長ゼルジアルだったというそれは……まさに、魔物のそれと特徴が一致していた。




