進む異形化
……ヤネッサたちが、ヤークワードたちと合流したのと同時刻。
「はぁ、はぁ……」
「くぅ、ふぅ……」
「おやおや、どうしましたか」
そこには、3つの影があった。
ひとつは、騎士学園校長であるゼルジアル・フランケルトのもの。そして、彼の前で息も荒く、疲労困憊なのが……
「まだいける……? ミライヤ」
「と、当然です……ノアリ様」
2人の少女、ノアリ・カタピルとミライヤの姿。
ヤークワードを救出するため、ヤネッサたちを先に行かせるためにここに残り、ゼルジアルの足止めを買って出た2人であったが……
それほどの時間が経っていないにも関わらず、彼女らの姿は痛々しいものへと変わっていた。
「くっ……それにしても、ぜんっぜん当たんない」
衝撃にボロボロになってしまった服、そこから覗く竜の鱗を持つノアリは、忌々し気に舌を打つ。
竜族の力のおかげで、耐久力も攻撃力もかなり上昇している。それでも、このざまだ。
「速過ぎ、です……」
それに同意するように、迸る電撃をその身に纏うミライヤは、小さくうなずく。彼女の額から生えている白い角は、鬼族の証だ。
鬼族の最大の武器は、電撃を使った超高速移動。ミライヤはその力をまだ完全に使いこなせてはいない。
とはいえ、並大抵の者では目で追うことも不可能だ。
「どうなってんのよ、あれ……」
不可能であるはずのミライヤの速度に追いついてくるどころか、対応しカウンターを仕掛けてくる。
果たしてそれは人間技なのか。彼が人間であっても、疑いたくなってしまう。そもそも、彼は人間なのか。
そんな疑問が湧いてしまうほどに、今のゼルジアルの姿は異常だった。
「ふふフふ……力が、湧き上がっテくるヨうですヨ」
そう、笑うゼルジアルの姿は……体の右半分が、おかしなことになっていた。
一言で表せば、溶けている、というのだろうか。肌が溶け、その上でその部分が異様に盛り上がっている。
盛り上がっているそれは、体の内側から岩でも生えてきたのかと言いたくなるほど、異様なものだった。
それに、体も、一回り大きくなっているような。
「! 来る!」
咄嗟に反応したのは、ノアリ……直後、2人は後方へと飛び、同時に今いた場所が陥没する。
ばかでかい体のわりに、一瞬でノアリたちのいるところまで移動し、地面を殴りつけたのだ。ゼルジアルは、楽し気に笑っている。
そこに、先ほどまで敵対しながらも紳士的に笑っていた男の姿は、なかった。
「ねえ、変なこと言っていい?」
「なんですか?」
「なんか、校長から魔力……みたいなもの、感じるんだけど」
「……実は私もです」
それぞれ、竜族と鬼族の力が覚醒したノアリとミライヤは、魔力を感じ取ることが出来るようになっていた。
純粋な人間族ならば不可能だが、2人の体に流れる他種族の血が、それを可能にしたのだ。
「そういえば、ヤネッサさんも同じことを……っと」
迫り来る攻撃を避けながら、ミライヤは思い出す。ノアリも、校長から微弱な魔力を感じると。
今感じるのは、もはや微弱なものではないが。
「っつ……」
「ミライヤ!」
巨大な拳を避けたはずだが、破壊された壁の破片がミライヤの体を襲う。
その破壊力は、すさまじいものだ。
「大丈夫です……せや!」
確かに速いが、大振りな攻撃には必ず隙ができる。ミライヤは、その隙を見逃さない。
バリバリッ……と迸る電撃に集中し、まるで自分が電撃を一体化したような感覚に陥る。まばたきの一瞬の直後、ミライヤは校長の懐に潜り込んでいた。
飛び、雷纏いし剣を、振り抜き……
「……っ」
その直前、ミライヤの速度に反応した校長がミライヤを睨みつける。
驚くことに、その体から岩のようなものが生え、ミライヤを串刺しにしようとする。
「ぅううぅ……!」
迫るそれを認め、ミライヤは必死に身を動かす。
迸る電撃を足場とし、空中で急転換。雷の足場を蹴り、飛ぶ。それから逃れる。
さらに複数の足場を経由し、校長のうなじへと狙いを定めて……
「てやぁ!」
振り抜いた一太刀は……首を守るように生えてきた岩に、阻まれた。
ガギンッ、と剣が弾かれる。
「くっ、なにこれ……!」
校長の体を覆うように生えてくるそれは、硬い。鬼族の力を持ってしても、砕けることはない。
……鬼族でだめならば。
「これなら、どうだぁ!」
振るわれるのは、竜族の力を持つノアリの剣。
古来、速さでは鬼族、力では竜族にそれぞれ分がある。もちろん、2人がそれを知っているもないが。
「っ、しび……でも、斬れた!」
ミライヤに意識が行っているため、ノアリの剣はあっさりと通った。
力任せに振り抜いたためか痺れこそしたが、岩を砕くことに成功した。
成功は、したが……
「ま、また生えてきた……」
折っても砕いても、その箇所からまた生えてくるのだ。ただでさえ硬いのに、これではじり貧だ。
第一、こんなことをしても本体には届かない。岩を斬ってところで、本体にダメージがあるとは思えない。
「……なんか、どんどん人間離れしていくわね……」
こうしている間にも、校長ゼルジアルの異形化は止まらない。もやは、体の3分の1は岩のようなものに支配されてしまっている。
……いや、あれは岩というより……
「鎧……?」
最近、ノアリはあれと同じようなものを、どこかで見た気がする。どこだったか……
その時だ。
「見つけたぞ、侵入した生徒だ!」
背後から聞こえた声に、警戒を続けながらも振り向く。
そこにいたのは、複数の学園の教師たち。見知った顔も、いる。
「あらら、すっかり忘れてた……」
「キミたち、今すぐ抵抗をやめてこちらに来なさい」
「悪いようにはしな……って、なんだあれは?」
「! 皆さん、逃げ……」
彼らが、異形のそれを認めるのと、ミライヤが叫ぶのは、同時だった……
その直後、ノアリの横をすり抜け伸びた岩が、ひとりの教師の腹部を、容赦なく突き刺した。




