それぞれの役割
「ヤネッサ!」
「! ぅっ……」
不意に、己を呼ぶ声にヤネッサは我に返る。直後、苦しかった締め付けから解放された。
いきなりのことに受け身を取ることが出来ず、地面に体を打ち付けてしまう。
「けほ、けほっ……」
体を打ち付けてしまったが、それ以上に締め付けられていた首が解放されたのが大きい。
大きく息を吸い込み、勢い余ってむせこんでしまう。
「ヤネッサさん、大丈夫ですか?」
「えほっ……う、うん」
起き上がろうとするヤネッサの体を支え、起こしてくれるのはアンジェリーナだ。
今、いったいなにが起こったのか……それを確認するために、ヤネッサは視線を上げて……
「はぁあああ!」
「ぬっ……!」
今しがたヤネッサを掴み上げていた、ゼルジアル・フランケルト。彼と対峙するのは、竜族の力を発揮したノアリだ。
ゼルジアルを押しのけ、ヤネッサを助けてくれたのはノアリのようだ。さらに、ゼルジアルの後ろにはミライヤの姿。
2人で、挟み込むようにして戦闘を開始している。
「ノアリ……ミライヤ……」
「ヤネッサ、ヤネッサはヤークを捜して!」
「え……」
ようやく意識もはっきりとし始めたところへ、ノアリから信じがたい言葉が投げかけられる。
ヤークワードを捜せと……しかし、それはこの場に、彼女らを置いていけということだ。
「そんなの……」
「このままじゃ、時間がとられるだけだよ!」
「それに、人数がいても有利に働くとは、限りません!」
今対峙しているノアリとミライヤが、一番よくわかっているはずだ。校長ゼルジアルとの力の差を。
かといって、ここでヤネッサやアンジェリーナが参戦しても結果が好転するとは思えない。そもそも、このままでは分かれて侵入した意味がない。
それに、ノアリの言う通り……たったひとりに時間を取られ、そのうちにも他の教師が来るかもしれない。
「……っ」
ここは、彼女らに任せるしかない。
「ここは、私たちの役割です!」
「わかった。2人とも、無理しないでね!」
「わかってる! アンジェさん、ヤネッサをお願い!」
「はい!」
お互いにお互いの無事を祈りつつ、ヤネッサとアンジェリーナは背を向け、その場から走る。
追いかけてこようとするゼルジアルを、ヤネッサとミライヤが協力して足止めしている音が聞こえてきた。
ゼルジアルの力は強大だが、ノアリとヤネッサもまた、竜族と鬼族の力を持っている。
大丈夫だ、信じよう。
「ヤネッサさん、ヤークワード様たちは……」
「ん……こっち!」
もう、バレないようにこっそりと移動している時間はない。ヤネッサは先行して走り、アンジェリーナもそれに続く。
においはまだ上階だ、しかし着実に近くなっていっている。あとは、ヤネッサの方からのおいの方向へと、近づいていけばいいだけだ。
二段飛ばしで、階段を上がる。何階か上がる間も、喧騒は聞こえても誰とも出くわさない。
飛ぶように階段を上り終え、そこに誰かいるのを発見する。
とっさに、2人とも身構えるが……
「……あれ、あのときの」
「……」
そこにいたのは、黒いローブを羽織ったエルフの姿だった。
今となっては数少ない同胞……なにより、先ほどはヤネッサを助けてくれたのだ。いくらシン・セイメイの関係者とはいえ、ヤネッサには彼が悪い人には見えなかった。
それに、理由は分からないが目的は、自分たちと同じヤークワード救出なのだ。
「まあ、先ほどの」
「もしかして、私たちがこれまで、教師と出くわさなかったのって……」
ここに来るまで、誰にも見つからなかった。運がいい、だけでは片づけられない状況だ。
だが、彼がここに来るまで、教師たちを排除してくれていたのであれば、それも納得だ。
「……見つかると面倒だから、始末しただけだ。お前たちのためじゃない」
これはあくまで、結果としてヤネッサたちに有利に働いただけ……そう、エルフは念押しする。
それでも……
「私たちがスムーズにここまで来れたのはあなたのおかげだもん、だからありがと!」
「っ……別に」
「まあまあ」
素直なヤネッサのお礼に、エルフはさっと顔をそらした。その姿に、アンジェリーナは小さく呟く。
ともあれ、彼のおかげで障害という障害はなさそうだ。あとは、落ち着いてヤークワードを捜せば……
「ん……」
「どうかしました、ヤネッサさん?」
歩き出そうとしていた足を止め、ヤネッサはその場で目を閉じ、鼻で嗅ぐ仕草。
それは、なにかに集中している姿……そして、この状況でヤネッサが気にするにおいがあるとすれば、ひとつだ。
「あっちから、ヤークのにおい!」
「本当ですか!?」
「……」
はっと目を見開き、ヤネッサは駆け出す。その走りに、迷いはない。
その後ろをアンジェリーナ、そしてエルフが追いかけるようにして、走り出す。
「ヤーク、ヤーク……!」
逸る気持ちは、だんだんと大きくなっていく。ようやく、ようやくだ。会うことが出来る。
父親を殺した犯人として連れていかれた彼は、いったいどんな気持ちだろうか。
ノアリとミライヤとはまた違った形で、ヤネッサはヤークワードを信じていた。彼が、そんなことをするはずがないと……そう、信じて疑わなかった。
その気持ちを抱いて、においの濃くなる方へ……曲がり角を、曲がった。
「ヤーク……!」
「! や、ヤネッサ!?」
そこに……捜していた、ヤークワードがいた。驚いた顔をして、こちらを見ている。
間違いない、その顔は、このにおいは、ヤークワード本人のものだ。
ようやく会えた嬉しさに、感極まり……ヤネッサは、ヤークワードに飛びついていった。




