魔族の狙い
その騒ぎ……いやもはや事件と呼ぶべきだろう……は、ある日突然、なんの前触れもなく起こった。
先日、強い魔力が感知されたと、エルフ族の職員からの報告があり、その原因を調べていた。その矢先のこと。
『……繰り返す。以前、我が息子リーダが言っていたことは、真の事実であると、認める。第一王子として扱っていたシュベルトは、我が第一子ではないと』
ゲルド王国国王ゲオハルト・フラ・ゲルドの告白は、国中に衝撃を与えた。もちろん、この男にも。
今や騎士学園の校長としてその席を置いている、ゼルジアル・フランケルト。寂しい余生を過ごすだけだった彼を拾い、役割を与えてくれたのが他らなぬ国王だ。
直接会ったことはなくても、ゼルジアルにとって彼は、と恩人と呼ぶべき存在だ。数年を経ても、直接会うことは叶わず、それでもいつかちゃんと礼を……と思っていた。
それなのに……
『……』
『校長! 学園へ、問い合わせが殺到して……』
設立されてからまだ新しく、今年は第一王子までもが入学したということで、大きな話題となった騎士学園。
これまで積み上げてきた信頼が、崩れ落ちていく音がした。第一王子シュベルトの出自の真相を、学園側が知るはずもない。
だが、それは外野には関係のないこと。それどころか、学園も共謀してシュベルトの出自を隠していた、なんて声まで上がる始末だ。
事実無根であっても、一度火がついてしまえば、それは思わぬ形で燃え広がっていく。真実も嘘も、なにもかもがごちゃ混ぜになり、どんどん尾ひれが付いていく。
加えて、直後に起こったのが……シュベルト・フラ・ゲルドの暗殺だ。
『……なぜ……!』
これは、今起こっている事態に拍車をかけ、学園を、校長を攻め立てた。
出自の件に関しては、学園は周知していないと突っ張ることが出来た。だが、この件はそうもいかない。
なんせ、学園の敷地内で、殺人が起こったのだ。学園のセキュリティ、監督責任を問われることとなった。
おまけに、犯人は捕まってはいないのだ。
『おぉ……!』
ゼルジアルは、最近頭を抱えることが多くなった。
人とは勝手なもので、先日まではシュベルトを第一王子にあるまじき出生、とか煽っておいて、かと思えば今度は第一王子殺害、学園に責任あり、と。好き好きに言っているのだ。
順風だった人生が、一気に、転落していく。最近では、校長は一気に老け込んだと、職員にも陰口を叩かれる始末。
ゼルジアルは、参ってしまっていた。
……だからだろう。
『突然の訪問、失礼する。騎士学園校長、ゼルジアル・フランケルト殿とお見受けする』
『……誰だ』
『あなたがたが言うところの、魔族、です』
奴は、心の隙間に付け入るように、現れた。
ここはゼルジアルの私室。一人暮らしだが、騒げば近隣の誰かが気づくだろう。
相手は魔族ひとり。白銀の体は鎧のようだ。
本来警戒するべき相手、だがゼルジアルには、その気力すらなかった。
『思いのほか、驚かないのですね。さすが達観しておられる』
『はは、ただその気力もないだけ。で、魔族がなにをしに?』
『是非とも、あなたのお耳に入れたい情報がありましてね』
それは、所詮魔族の囁き……真面目に取り合うことはない。そう、思っていた。
しかし、その内容に、ゼルジアルは大きく目を見開いて。
『……それは、本当か……!?』
『嘘などつく必要がない』
それは、これまでの人生観、のようなものを、ひっくり返される言葉。
にわかには、信じられないが……
『……ヤークワード・フォン・ライオスが……?』
『魔族である私がこの場にいるのが、その証拠』
それは戯言と投げ捨てることのできない類いの言葉だ。
なんせ、この世に再び、魔王が現れるかもしれないだなんて。
『……だが、なにも証拠など……』
言いながら、ゼルジアルは、ここ最近で妙な出来事が起こっていると報告を、受けていた。
エルフの王が再臨し、ヤークワードに接触したという情報。また、その際に人間であるヤークワードから、感知されないはずの魔力が感知されていること。
他にも、『魔導書』事件や『呪病』事件にも彼は関わっている……それすらも、なにかしらの意味があるというのだろうか。
しかも、『呪病』事件を引き起こしたのは、国内に入り込めないはずの魔族だったという話で、そもそも魔族が現れること自体おかしいという話だ。
『魔王が、転生……? 転生には、周囲に影響を及ぼすものもあると聞くが……』
時間が有り余っていた時期、そのような本を読んだことがある。転生魔術の存在、それが周囲に及ぼす影響。
だが、だが……まだ、すべては憶測なのだ。
『でしたら。私が証明しましょう。彼の正体を』
『証明……?』
『えぇ。そもそもそのために、この国に足を運んだのですから。国王の暴露、それに第一王子の暗殺、それらにより国が混乱しているおかげで、すんなりと入国することができましたし……』
『……なに?』
『おっと、喋り過ぎましたか。私は、これで』
『まっ……!』
次の瞬間、魔族の姿はそこにはなかった。残されていたのは、謎の薬が入った瓶。
錠剤だろうか、それを拾い上げる。
『それを飲めば、あなたにも魔力を感知できるようになります。真相は、あなた自身でお確かめください』
魔族の声が、頭の中に響いた。
魔族の言葉に従うのは、癪だが……ゼルジアルには、もうなにを信じればいいのかわからない。
信じていた国王は国民を騙し、愛すべき生徒は魔族に殺されたかもしれなくて、けれどその魔族の親玉が愛すべき生徒かもしれなくて。
……もう、考えるのは面倒だ。
『……』
それからほどなく、魔族による宣戦布告が起こり……国中が、荒れた。そして、見つけた。
あの魔族を。そいつが対峙しているのが……ヤークワード・フォン・ライオスであることも。
『……彼が、そうなのか……』
彼は確かに……魔力を、纏っていた。




