魔族との繋がり
「アンジェさん!」
「アンジェリーナ様!」
ポタポタと、血が流れている。
アンジェリーナの腹部を突き刺したのは、対峙する校長の手刀。その手は、赤く染まりながらも深々と刺さっていた。
かろうじて、貫通まではしていないようだが……深手であることに、変わりはない。
とっさのことに、さすがのノアリもミライヤも、反応することが……
「はぁああ!」
「!」
瞬間、その場に響くのはヤネッサの声。いつの間にか、上空からアンジェリーナと校長の間に飛び降りていたのだ。
もちろん、その際に手にしていた矢で、校長を斬りつけようとしたが……気づいた校長はとっさにアンジェリーナと距離を取るように、後ろへと下がった。
結果、アンジェリーナに残されたのは手刀の痕のみ……
「や、ネッ……がっ……」
「喋らないで、今治すから」
ヤネッサはアンジェリーナを座らせ、その腹に手を当てる。無論、校長や周囲への警戒は怠らずに。
温かな光が、アンジェリーナの腹部を包み込んでいく……同時に、アンジェリーナは情けなく、目に涙を溜めた。
あれだけの大見得を切り、いざ張り切ってみればこれだ。足手まとい……まさに、だ。
「おぉ、素晴らしい。竜人や鬼族を差し置いてその反応……それに、先ほど彼女の怪我を直してなお、まだそれほどの魔力を残しているとは。若いのに優秀なようだ」
「……どうも」
「ふむ、私の記憶にはない顔ですねぇ、この学園の生徒ではないのでしょうか。どうです、あなたも我が校の生徒に」
「断る」
警戒は続けたまま、ヤネッサはきっぱりと、その誘いを断る。当然だ……この状況で、褒められても、誘われても、全然嬉しくない。
焦りは魔力を乱れさせる。こうしたやり取りの間にも、心を乱せば魔力による治療も遅れる。
ヤネッサは、極めて冷静だった。
「それは残念。今や貴重なエルフ族、丁重に扱いたいのですがね」
「……!」
何気ない、その一言……しかし、それはノアリの中の、なにかを刺激する。
先ほどから感じていた、違和感……のようなもの。ヤネッサを襲った、弾丸……それの、材料を聞いてから、引っかかっていた。
さらに、ヤネッサも、眉をひそめる。
「……貴重な、って、どういう……?」
エルフ族は、人間族に比べれば数が少ない。さらに、残っていたエルフもルオールの森林と共に、そのほとんどが燃えてしまった。
ヤネッサやアンジー、騎士学園に在籍している教師など、森から出ていたエルフ以外は、きっと……
そういう意味でも、エルフ族が貴重だというのは間違ってはいないたろう。
いないだろう、が……
「疑問、だった……なんで、あなたたちの使っている弾丸に、エルフ族の血肉が使われているのか」
「……」
「ほとんどのエルフ族は、魔族に焼き払われた……のに。これって、どういう、こと?」
先ほどヤネッサを襲った弾丸には、エルフの血肉が使われていた……それは、ヤネッサ自身も気づいていること。
エルフ族の血肉……聞くだけでも恐ろしい言葉だが、その材料となるエルフはどこから調達してきたのか。
学園に在籍しているエルフ教師らのものを使う? 可能性はなくはないが、もっと手っ取り早い方法がある。
……しかし、その方法を使うには、避けては通れない考えがある。
「あなたたち……まさか、魔族と繋がってたり、しない……よね?」
それは、恐ろしい事柄に触れようとする、確認作業。あってほしくはないと思いながらも、他に有力な考えが浮かばない。
エルフの血肉を使った弾丸……それを大量に調達するには、大量のエルフが必要だ。大量のエルフ……ちょうど、ルオールの森林で暮らしていたエルフが、先日大量に死に絶えた。
もしも、彼らの血肉を使ったならば……だ。だが、ルオールの森を焼いたのは魔族。
考えたくはないが……この学園の教師たちは、魔族と繋がっていて、その経由でエルフを手に入れた……そういう考えが、浮かんでしまう。
「……っ」
それは、ノアリも考えはしたものだ。だが、考えこそしても……それはありえない、いやあってほしくないと、強く願っていた。
自分たちの通う学園の、教師たち。それが、魔族と繋がっていて……しかも、その魔族にエルフ族の森を焼き払わせ、殺したエルフの血肉を武器に変えていた、などと。
そんな、おぞましい想像……外れて、ほしいと思うのが人情だ。
「我々が魔族と? いやまさか、そんなはずがないでしょう」
「なら、なんであんな……エルフを、弄ぶような。あなたたちが指示して、やらせたんじゃないの?」
「言いがかりですねぇ」
おそらく、両者の意見は平行線だろう。ヤネッサの言葉は状況証拠からの推測で、しかし校長もそれを肯定しない。
……肯定だけでなく、否定もしていないのだが。
「なら……あなたは、魔族が襲ってきたとき、なにをしてたの!?」
「……」
畳み掛けるヤネッサの言葉に、校長は押し黙る。
ノアリとヤネッサ、両者を遊ぶようにかわすこの男であれば、魔族に対してもかなり有利に動けたはずだ。だが、この男は現れなかった。
魔族が人質を集めていたのが、他ならぬ騎士学園であったにも関わらず。
「ふむ……あなたはヤークワード・フォン・ライオスを奪いに来たのでは? ここでそれを聞くことに、なんのメリットがありますかね」
「答えろ!」
話をそらされるのを拒否し、ヤネッサが叫ぶ。彼女にとっては、目の前の男が仲間殺しに加担しているのか……外せない、問題だった。
その、鋭い視線を受け……校長ゼルジアル・フランケルトは、ニヤリと笑みを、浮かべた。




