覚悟の結末
「悪いですけど……なんと言われても私たちは、ヤークを連れ戻し、ます!」
まずは、その場に踏み込んだノアリが校長へ向けて、一気に加速した。
踏み込みの深さに加えて、竜人の脚力合わさったのだ。それは、ノアリにとってこの上ない超加速。
「はぁあ!」
「いい動きですねぇ」
振るわれた剣は、しかし校長には届かない。
まるで、ノアリの剣が見えているかのように、体を軽く動かすだけで刃を避けている。剣が、当たらないのだ。
いかに強力な力と速さがあっても、当たらなければ意味がないのだ。
バリッ
「おっ……」
ノアリの連撃を避けていた校長が、その場から大きく飛び退く。直後、その場に迸るは白き閃光。
雷の如き速度で、攻撃を仕掛けたミライヤ。しかし、そのスピードを持ってしても、校長には事前に察知されてしまった。
「それが鬼族の速度……雷を操り、自身も雷の如く動ける。しかし、その音……それを聞けば、対応するのは難しくない」
鬼族の驚異的なものは、その身体能力はもちろん雷の如き速度だ。それは、何者にも勝るスピード。
ただ、今校長が言ったように、鬼族の身からはバチバチと、迸る電撃が音を立てている。
なるほど、その音を聞き、備えれば……対応することは、できるだろう。言うのは、簡単だ。
「だからって、あの速さに対応する?」
小さく、ノアリは舌打ち。
ただでさえ、ミライヤの居合いは見切るのが難しいものだ。鬼族の血が覚醒した今、見切るのはもはや不可能と言ってもいい。
しかも、音が聞こえて、それから反応するなんて……並の人間に、できることではない。
今のノアリだって、ミライヤのスピードに着いていくのは無理だろう。
「まあ、人生経験の差、というやつですよ」
「……」
確かにノアリたちと校長とでは、生きてきた年数が、積み重ねが違う。とはいえ……
竜人も、鬼族も、初めて目にしたような反応だった。初めて見たものに、こうも即座に反応できるとは、さすがと言えばいいのか……
「さあ、もう終わりですか?」
「っ、まだ……!」
吠えるように、ノアリは飛びかかる。攻撃を放ちながら、しかし同時に、別のことも考えていた。
今、助け出すべきヤークワードはリィの手によって解放され、移動している。ならば、彼らが逃げ切るまで、時間を稼ぐという手もある。
問題は、その意図に気づかれれば時間稼ぎに付き合ってはくれないだろうし、単純に長く時間をかけられない理由がある。
ノアリたちは、ヤネッサのおかげでなんとか教師たちの目をかいくぐり、ここまで来た。なので、今障害となっているのは校長だけ……だが……
「てやぁ!」
時間をかければかけるほど、それだけ他の教師が合流する可能性も高くなる。
ただでさえ得体の知れない校長に、他の教師まで加わってしまえばいよいよ勝ち目も逃げ場さえもなくなってしまう。
「いいですねぇ、若いゆえに勢いがある。未知の種族相手ですし、久しぶりに気持ちが高ぶるようですよ」
「っ……」
ノアリが、ミライヤが必死に向かっているというのに、それを避ける校長は涼しい顔だ。
遊ばれている……侵入者を撃退するという、校長の立場からすればそうするのが当然の状況で。遊ばれている。
そして、そんな状況で……
「これ、が……」
アンジェリーナは、剣を構えたまま動けないでいた。
つい先ほど、大見得を切ったばかり。しかし、いざ戦いが始まってしまえば……なんだ、このレベルの高い動きは。
目で、追うのがやっとだ。
「……っ」
自分の、力のなさを痛感する。これでも、それなりに剣の腕を褒められたことはある。あるいは、それは王子の婚約者としての建前だったのだろうか。
ノアリとミライヤも凄まじいが、それを避ける校長も凄まじい。しかも、校長は素手だ。
「む……」
その時、校長が足を止め、なにかを払うように手を振る。それにより払われたもの、それは矢だ。
校長目掛けて飛んできた矢を、手で弾いたのだ。
「ヤネッサ!」
「リエナの治療、済んだ! 加勢する!」
「ほぉ、優秀ですねぇ」
直視するのもためらわれるリエナの顔の傷だったが、それはヤネッサの治療により無事に済んだらしい。
魔法とは、すごい……それとも、ヤネッサがすごいのか。
ヤネッサは、ノアリやミライヤのような直接攻撃ではなく、遠距離から矢を放ち、2人をサポートしている。
「私も……!」
ここで、じっとしているなら、逃げているのと同じだ。2人ほど動けないにしても、せめてサポートを。
2人の猛攻に、校長にわずかに隙ができる。そこを狙い、アンジェリーナは踏み出して……
「やぁあああ!」
「だめですよ、死角からの攻撃を狙うなら、声を上げては」
……振り下ろした剣は、真っ二つに折られた。
「え……」
「あなたは元第一王子、シュベルト・フラ・ゲルドの婚約者でしたね。よく知っています。ゆえに残念です……」
「っ……」
振り抜かれた手刀が……アンジェリーナの腹部に、突き刺さる。
「かっ……」
「愛する生徒を、見知った顔を、この手にかけるのは」
ただの手刀……しかしそれは、アンジェリーナの腹部に、深々と突き刺さっていた。
体内に入り込んだ異物に、アンジェリーナは、赤黒い血の塊を吐き出した。
「言ったでしょう、足手まといにならないことを祈る、と。
下らない気持ちで、命を粗末にするものじゃあない」




