対峙する圧倒的な力
……数分前。
「な、なんだか私たち、逃げてばかりじゃ、ないですか……!?」
「仕方ないじゃないですか、まさか校長先生と会ってしまうとは思わないんですから!」
つい先ほどのことだ、この騎士学園の校長である、ゼルジアル・フランケルト。彼と、偶然にも鉢合わせしてしまった。
正直、逃げないといけないことはしていないのだが……侵入したとはいえ、ミライヤもリエナもこの学園の生徒ではある……それでも、逃げないといけないような、気がした。
ヤークワードを助けに来たミライヤたちは、おそらくいい顔はされないだろう。であれば、ここは逃げの一択だ。それに、すでに自分たちを捕まえようとした教師にも手を上げた。……やっぱり逃げなければダメだ。
実際に校長の実力を見たことがあるわけではないが、騎士学園の校長を務めているような人物だ。その実力は想像するに難くない。
「ところで、私たちどこに向かってるんでしょう!」
「わ、わかりません!」
とにかく、逃げている。前に、右に、左に。階段を上ったり下ったり。
自分たちもどれだけ、どこへ向けて走っているのかわからない。だが、とにかく逃げるしかないのだ。
……やがて、2人の息が切れ、足を止めた頃。
「はぁ、はぁ……こ、ここまで来れば……」
「は、はい……」
もはや、どこまで来ただろうか。人生で一番走ったかもしれない。
とはいえ、ここまでめちゃくちゃに走ってくれば、誰も追っては来れないだろう。途中他の教師たちにも見られたが、全て振り切った。
さて、ここからどう動くべきか……
「とにかく、一度落ち着いて、それから……」
「ヤークワードくんを助けに行く、ですか?」
「そうですそうです……って、え?」
この先すべきことは、結局は変わらない。相づちを打つようにうなずくが、それがこの場にいるはずのない男のものであることに気づく。
ミライヤとリエナは、揃って背後に振り返る。そこには、誰もおらずに突き当たりと、窓があるのみ……
「! な、んで……」
突き当たり、その右角から現れたのは……今しがた、逃げまくっていたはずの校長だった。
なぜ、あれだけ、本人たちもどこを走っているかわからないくらいに逃げ回ったというのに、まるで先回りして、そこにいるのだ?
「! リエナさん、逃げ……」
「もう鬼ごっこは、おしまいにしましょう」
振り向くミライヤは、リエナに呼び掛ける……が、真横から声。校長が、そこにいた。
ざわっ……と、全身の神経が危険信号を発する。しかし、それではもう、遅いのだ。
「ぐっ……!?」
腕が動いたのは、本人も意図せず咄嗟だった。顔の前に、クロスするようにして守りを固めた。その直後。
強い衝撃が、ミライヤを襲う。腕でガードしていなければ、直撃した顔の骨がイカれてしまうのではないかというほどに。
もしくは、ミライヤには鬼族の血が流れているからだろうか。凄まじい衝撃と痛みを感じながらも、腕はなんとか無事だ。
が……
「っ、あ、あぁあああぁっ!?」
「ミライヤさん!?」
衝撃を殺し切ることはできず、ミライヤは後ろへと吹っ飛んでいく。壁に激突し、しかしそれすらも砕いて……いくつもの壁を砕き、吹っ飛んでいく。
それだけで、彼女を襲った衝撃がどれほどのものか、想像だに難くなく……
「あなたも」
「……っ」
ミライヤに気を取られた、一瞬……直後、リエナの意識は途絶えた。
……現在……
「ミライヤ、なにが……!」
「リエナ、しっかり!?」
突如として、どこからともなく飛んできた……いや吹き飛ばされてきた2人の少女。ミライヤとリエナ。
彼女らに、それぞれノアリが、アンジェリーナが駆け寄っていく。
「ぅ……ノ、アリ……様……」
「ミライヤ、大丈夫!? しっかり!」
なんとかまぶたを開き、自分を抱き起こしてくれるノアリを、ミライヤは見つめる。なにがあったのか……すでに、満身創痍だ。
ミライヤには、鬼族の血が混じっている。鬼族、というのは古に確かに存在した種族らしいが、詳しいことはノアリにはわからない。
だが、今のミライヤは魔族を一瞬で倒せるほどの実力を持っている。
そんなミライヤが、こんな目に遭うなんて……
「いやぁっ! リエナ! リエナ!」
「!」
ふと、隣から悲痛な叫びが聞こえた。何事か、そちらを見やると……リエナを抱き起こす、アンジェリーナの姿があった。
その姿に……正確にはアンジェリーナが呼び掛けるリエナの姿に……ノアリは言葉を失った。
顔面が……直視するのも躊躇してしまうほど、変形してしまっている。腫れ上がって、血に濡れて……呻いているため息はあるだろうが、とてもじゃないが生きていることを喜べる状態では、ない。
これは、早くなんとかしないと……
「ヤネッ……」
「おやおや、あなた方もですか」
今ならばまだ、間に合うはず……とっさにヤネッサを呼ぼうとするノアリの耳へ、届く声があった。
それだけでわかった。ミライヤを、リエナを、こんな目にあわせた相手がいるのだと。
「……っ、こ、校長先生……」
ふと視線を向けた先には、あまり姿を見かけることのない、しかしその姿は有名な校長、ゼルジアル・フランケルトの姿。
彼が、2人を……! のんびりした表情をしているが、その目の奥は、笑ってはいなかった。




