脱出に向けて
「……よし、外には誰もいませんね」
ヤークワードの拘束を解いたリィは、忍び足で部屋の外を確認する。
外には見張りなどはおらず、比較的簡単に脱出することが出来た。
「今なら、見つからずに行けるはずです。行きましょう」
「う、うん」
先導するリィに、ヤークワードはおとなしく着いていく。
正直、彼女をこんなに頼もしいと思う日が来るなんて、思わなかった。というか、なぜだか逆らおうという気持ちにならない。
そんな、おとなしいヤークワードに、リィは振り向き……
「さ、先ほどはすみません……」
と、先ほどの威勢が嘘であるかのように、謝ってきた。
冷静になれば、とんでもないことだ。平民が貴族に、それも王族に近しい位の人間に手を上げ、あまつさえ説教まで。
この場で処刑されても、おかしくないどころの話ではない。一族皆殺しだ。
「いや、リィが謝ることじゃないよ。俺がうじうじしてたのが悪いんだから」
だが、ヤークワードはそのことを気にしていない。むしろ感謝している。
リィの叱咤がなければ、今も部屋の中で落ち込んでいたことだろう。
自分が何者であるのか……それを考えるのは、後だ。今はなにより、自分のために身を危険にさらしている、彼女たちと無事に逃げることだ。
「それで……リィは、どうやってここに?」
このままではリィが罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。なのでヤークワードは、話題を変える。
周囲に気を配り移動しながらも、リィがここに……ヤークワードが捕まっていた部屋まで来れた経緯を、聞く。
「それは……あの、エルフ族の王様のおかげです」
「エルフの王……って、まさかシン・セイメイ!?」
思わぬ名前に、ヤークワードは思わず声を上げてしまう。
すぐに口を塞ぎ、周囲を確認。
……誰も、いないようだ。
「なんで、あいつが……そもそも、あいつって捕まってたんじゃ?」
「詳しい話は、後で……というより、私もよくは知らないんですけどね。ヤークワード様が逮捕されたと放送を聞いて、私はどうしたらいいのかおろおろしてたんですけど……」
そこに、あの男が現れたのだ、と……リィは、言葉を続ける。
以前とは姿こそ変わっていたが、間違いなくあの男であったと。
「彼は、私にある話を持ち掛けてきたんです……っと、ヤークワード様ストップ」
「ん」
壁伝いに、曲がった先を確認……忙しなく、教師たちが動いている。
あの部屋から、ヤークワードがいなくなったことがバレるのも、時間の問題だろう。
「行きましょう。……彼は、私にこう言ってきたんです」
『あの混じりの小僧……あぁ、ヤークワード・フォン・ライオスじゃったか。奴を救い出したいか?』
「ならば、力を貸そう……と」
「力を……あいつが?」
シン・セイメイとは、何度か対面し、一度は対峙した仲だ。同じ転生者とはいえ、あまり良好な関係ではなかった。
向こうがどう思っているかは、わからないが……わざわざ、捕まっているのを助けようとするほどの関係では、なかったはずだ。
「力って……」
「魔力です。それを使って、ヤークワード様のいる部屋を見つけたり、部屋まで一気に飛んだり……あ、あと学園内の注意を散乱させるために、適当な部屋を爆発させたり」
「お、おう」
魔力って貸したりできるのか……そう思ったが、リィが行ったあまりに過激な行為に、言葉を失う。
ともあれ、シン・セイメイの助力のおかげで、ここまで来れたと……
「あれ、魔力があるなら、さっき窓から飛び降りれば逃げられたんじゃ?」
「……実は、もらった魔力は底を尽きかけています。残っている魔力を全部使っても、あの高さから飛び降りたら、多分間違いなく死にます」
「多分なのに間違いないのか……ちなみに、俺がいたあの部屋って何階だったんだ?」
「最上階です」
ということは、地上から六階の位置にあるということだ。そこから飛び降りるとなれば、確かに怪我では済まないことはうなずける。
騎士学園とはとにかくでかい。こうして、下への階段を探すのだけでも、一苦労だ。
「それに、すでに中に侵入しているミーちゃんたちと、どう連絡を取るか……ミーちゃんたちは、どうやら二手に分かれているみたいです」
「二手……」
ヤークワードだけをかっさらって逃げたとしても、彼を助けに来たミライヤたちは残されたままだ。なんとかして、彼女たちと連絡をとらないと。
とはいえ、ただでさえ広いこの学園内で、身を隠しながら、どこにいるともわからない相手を見つけるのは不可能に近い。
連絡用の魔石があればいいのだが、ミライヤたちはアンジーとヤネッサ間での連絡を考えていただろうから、持っていないだろう。
加えて、おそらくはアンジーは、結界外に弾かれてしまっている。
「こうして移動している間に、運良く会えればいいんですけど……」
「それはさすがに、希望的観測だよ」
たまたま会うなんて、そんな偶然起こりはしないだろう。
そこに、ヤークワードの頭にひとつの考えが浮かぶ。
「そういや、ノアリやミライヤ以外に……ヤネッサは、いるって言ってたか?」
「ヤネッサさん? はい、いましたよ」
「ヤネッサなら、俺を見つけてくれるかも」
そう、ヤネッサの能力は、鼻が利く。対象のにおいを忘れず、その能力にヤークワードは幾度も助けられたものだ。
彼女ならば、ヤークワードを見つけ出してくれる。そして、合流できれば、残るメンバーを見つけることも可能だ。
また、彼女頼みになってしまうが……それだけが、残された突破口かもしれない。




