リィの覚悟
「俺は、行かない」
「……はい?」
ポツリと、その場に響いたのは……他ならぬ、ヤークワードの声……のはずだ。一瞬、聞き違いかとも思った。
だが、この部屋には二人だけで。リィはせっせと動いているとはいえ、彼女が出した声ではない。
だから、今の声は、ヤークワードのものに他ならないのだが……
「今、なんて?」
もう一度、聞き返す。もしかしたら、似たような言葉を勘違いしてしまったのかもしれない。だって、「行かない」だなんて……
「俺は、行かない」
しかし、聞き返して返ってきたのは……先ほどと、やはり同じ言葉。それも、声量の問題か意識を集中させていたからか、今度ははっきりと聞こえた。
それは、助けを……拒絶する、ものだ。
「なんで……」
今度は、リィの口から、ヤークワードが先ほど漏らしたのと同じ言葉が漏れた。
それも、当然の疑問だろう。助けてと、求められたわけではない。それでも、彼は自分を助けに来てくれた者を、むやみに拒絶なんてしない人間のはずだ。
彼が捕まっているのが冤罪なら、なおのこと……
「……まさか」
まさかとは思うが。報道された通り、本当に彼が、父であり勇者ガラドを殺したと、いうのだろうか?
罪を償うために、逃げることはできないと。
「ガラドさんを、殺したんですか?」
「……殺してない……少なくとも、記憶の限りでは」
「?」
その言葉の意味するところを、きっとリィは理解できないのだろう。だって、ヤークワード本人にも、わからないのだから。
しかし……リィにとってそれは、考える時間のない問題だ。
「だったら……いえ、たとえヤークワード様が犯人でも。こんな、なにも言わずに一方的に連れて行かれるなんて、納得できません」
「納得、って……」
もしもヤークワードが犯人だったら、納得もなにもない。それが事実、ただそれだけ。
ヤークワードが犯人なら、犯人を奪い返そうとここまで来てしまったリィたちは、それこそ罪に問われてしまうだろう。
「だから、えっと……あぁ、うまい言葉が出てきません……! とにかく、みんながヤークワード様を救おうとしてるんです!
そもそも、みんなヤークワード様が犯人とは思ってないみたいでしたよ!」
言いたいことがまとまらないのか、乱暴に頭をかいて、最終的に叩きつけるように、言葉をぶつける。
みんなが、ヤークワードを助けに来た。それが全てだと。
「……そう。でも、悪いけど……みんなにはこう言ってくれ。俺は、ここに残る……俺のことなんか気にせず、みんな帰ってくれ」
「……ヤークワード様」
「そういう運命だったんだよ。みんなには、後でなにか処分が下らないよう……俺から、校長先生にでも伝えてみるよ。だから……」
みんなが、自分を助け出すためにここまで来てくれたのは、嬉しい。素直に、嬉しい。
だが、だからこそそれは、だめなのだ。ガラドを殺したかもしれない、こんな自分を助けになんて。みんなは、信じてくれている。ヤークワードはやっていないと。
ヤークワードも、そう思っている。少なくとも、自分の記憶の中では。
本当にどうかはわからないし、すでに世間にはガラド殺しの犯人としてヤークワードの名が挙げられている。それを奪いだそうなど、逆賊もいいところだ。
「だから、俺のせいで、みんなが危険にさらされるのは……」
「……ヤークワード様。先に、ご無礼を謝罪しておきます」
「え……」
バチーン……!
顔を上げた瞬間、鋭い音が響いた。ヒリヒリと頬が痛む。なんだ、今なにをされた?
帰ってくれと、そう頼んだ。自分は、もう運命を受け入れたのだ。魔王の生まれ変わりとして、この先一生幽閉される……いや殺されるだろう。
みんなには、幸せになってほしい。こんな自分のために、道を踏み外さないでほしい。
そう、思っていたのに……今、リィに、叩かれたのだ、頬を。リィはビンタした状態で、そこにいた。
「え……」
「みんながヤークワード様のためにここまで来てるんです! このままでは、ヤークワード様はもちろん、ミライヤたちもただではすみません!」
「う、うん。だから、俺のことは気にせず、ここから……」
「帰れませんよ! ミライヤたちはヤークワード様を助けに来たんです、ですからヤークワード様がここから逃げないと、他のみんなも逃げられません! 第一、今の言葉伝えたところで、ノアリ様やヤネッサさんが素直に引くと思いますか!?」
「いや、その……」
「みんなが危険にさらされる? ヤークワード様がここに残ることで、みんな危険が大きくなっていくんです! 誰も帰りなんてしませんから! そもそもなんで帰れなんて言うんですか!」
「それは……だって、俺は、生きてちゃだめな、やつで……」
「どうしてそんな結論になったのか知りませんが、ヤークワード様が死にたいなら勝手にすればいいです! でも、みんなの見てないとこで勝手に死ぬのは、だめです! 死にたいならみんなの前で死んでください!」
「む、むちゃくちゃな……それに、別に死にたい、わけじゃ……」
「だったらなおさら、ここから逃げるんです! 死にたくないのにむざむざ殺されるんですか? 運命とかなんとか、そんなの知りません! とにかくみんな、もうここまで来ちゃってるんです! ヤークワード様を連れ出さないと、収まりがつかないんです! それとも、みんな仲良くここで死にますか!?」
「し、死にたくない……です」
「それが嫌なら、さっさと逃げますよ!」
「あ…………はい」
抑えていた感情が、溢れ出した……これまでに見たことのない、リィの迫力に。ただただ、ヤークワードはうなずくしか、なかった。




