逃げ回るだけじゃなくて
「見つけたぞ、こっちだ!」
「ひゃぁあああああああ!」
ミライヤ、リエナ。この2人は現在、大勢の教師たちに追われていた。
慎重に移動していたはずなのだが、やはり完璧に身を隠すなんて不可能な話で。結果として、こうして追われてしまっているわけだ。
「待て、待ちなさい!」
「くそ、あの生徒は確か平民の……足速いな!」
「止まりなさい! 悪いようにはしないから!」
「無理ですぅううううう!」
ここで自分が捕まれば、ここに来た目的を聞かれるだろう。なにをされても吐かない自信はある、とは言えないし、ノアリたちにも迷惑がかかる。
ここは、絶対に逃げ切らなければならない。
……でも、どこへ?
「ミライヤさん、こう目的もなく走り回っていては……」
「でも、逃げ回るしかないじゃないですかぁ!」
本当なら、こうやって逃げ回ってしまうこと自体、悪手だ。間違って、ノアリたちと合流してしまったら目も当てられない。
かといって、どこに行くか考える時間など、ない。逃げ回るので精一杯だ。
「あ、あれ? なんだか、人数が、減っている、ような……」
「半分ほどは、途中別れました。おそらく、正門と爆発した部屋に向かったのでしょう」
せっかくなら、全員そっちに行ってくれればいいのに……それはさすがに、都合が良すぎる問題らしい。
最初に比べて半数以上は減っているが、それでもこの広い廊下で対抗するには2人だけでは心許ない。
「こ、こっち!」
曲がり角を、曲がる。このまま、ずっと逃げ続けているわけにもいくまい。
こうなれば、一か八かだ。曲がった先は、一本道……それに、今まで通った道よりも、若干狭い。
一本道で、後ろに逃げ場がないのなら。ミライヤの自身の居合いが活かせる、かっこうの舞台だ。
「リエナさん、私、やります!」
「や、やる?」
曲がり、ある程度進んだところで足を止める。そして、体を反転させて……
姿勢を低く、腰の剣に手を添える。意識を集中させ、己の奥に眠る、鬼の血を感じ取る……ドクンドクンと、鼓動が聞こえる。
「み、ミライヤさん……」
バチバチ……と、体から迸る電撃に、リエナは言葉を失う。これは一度、見たことがある。
セイメイとの戦いの際、彼にふっ飛ばされたミライヤを、リエナは追った。そこで、起き上がったミライヤが、目にも止まらぬ速さで移動した姿を、見た。
それに、間近で見てわかる……ミライヤの額から、なにか、白く輝く……まるで、角のような……
「いきます!」
居合いの体勢を保ったまま、瞬きの間にその場からミライヤが消える。そこに残ったのは、バチバチと弾けるように小さな電撃のみ。
それに目を奪われていたためだろうか。リエナが、視線を動かしたときには、すでに事が始まっていた。
一本道に伸びる廊下、その先にいる教師たちが、次々と倒れていく。ミライヤが過ぎたであろう場所に音を残して、ならぬ雷を残して。
元々、ミライヤの居合いは一級品だと、ヤークワードとノアリは太鼓判を押していた。そこに、覚醒した鬼の力が合わされば、それを防ぐ術はないだろう。
……普通に考えるなら。
ガギンッ
「っ!」
目にも止まらぬ速さで振るわれる斬撃……しかし、ふいにそれが、鋭い音を立てて受け止められた。
自身の剣撃が、誰よりも強いと自惚れるわけではない。それでも、自身が振るう斬撃を、それも鬼の力を覚醒した状態で止められるのは、初めのこと。
ミライヤは、目を見開いた。
「やはり、筋はいい……けれど、動きが直線的すぎる」
ミライヤの剣を止めたのは、男性教師のひとり。
雷纏いし剣を、しっかりと受け止めていた。
「この一直線の廊下なら、我々の逃げ場がないと思ったのだろうが……それは、逆も同じことだ」
「!」
「その居合いは速いが、一直線にしか来ないとわかっているのなら、対処できる」
盲点だった、この地形が自分の弱点にもなりうることに、気づいていなかった。
来る場所がわかれば対処できる。口では簡単でも、実行するのは難しい。それをできるとは、さすがは騎士学園の教師だろう。
この地形では、雷を足場に、動き回ることもできない。
「目的はわかっている。おとなしく捕まれば痛い思いは……」
「えい!」
「ぅっ……」
警告にも似た言葉を吐く教師は、しかしその瞬間、その場に倒れた。ミライヤは、なにもしていない。
倒れた教師の後ろには……リエナが、いた。
「隙だらけです」
「リエナさん……」
「安心してください、峰打ちです」
どうやら、ミライヤに気を取られているうちに、リエナが背後に回り倒してくれていたようだ。
おかげで、追ってきていた教師たちは一応倒せたわけだが……
「行きましょう、すぐに起き上がってくるかも」
「は、はい!」
うなずき、リエナに続いてミライヤは走る。やはり、誰化一緒にいてくれてよかった。ひとりでは、すでに捕まっていただろう。
そうして、走っていく2人の眼前に……またも、人影が現れる。
それは……
「あれは……」
「こ、校長先生ー!!?」
「…………おや」
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校長が、去った後の部屋で……ヤークワードは、力なくうつむいていた。もはや、動く気配もない。
そんな、彼を……窓の外から見つめる影が、ひとつ。
「……見つけました」




