己の境遇
これまで、不思議に思っていた出来事が……胸の中に引っかかっていたことが、全部、解き明かされていくような感覚があった。
今、拘束されていなければこの胸を掻きむしってしまうであろう……それほどに、彼の心中は渦巻いていた。
「……やけに、おとなしくなりましたな」
その様子を見て、ヤークワードの前に立つ校長は、静かに口を開いた。
先ほどまで、ぶつぶつとなにかを言っていた男がうつむいたまま、黙りこくってしまったのだ。
いっちょ前にショックでも受けているのか。それとも、そう見せかけてここから脱出する算段でも立てているのか。
「……聞いても、いいですか」
「なんでしょう?」
ポツリと、ヤークワードの口から声が漏れる。
「俺が、魔王の生まれ変わりだって……いつから、疑ってたんですか?」
「……言ったでしょう、確信を持ったのは先日の、魔族襲撃のときですよ。
今思えば、あの魔族を手引きしたのは……」
「そんなわけ、ないでしょう」
つまりは、それまでは疑っていたにしろ、確信までは持てていなかったということだ。
魔族を手引きした……そう疑われても仕方ないだろうが、それはない。それに、魔王の生まれ変わりだって、完全に受け入れられたわけではないのに。
「じゃあ……ガラド……父上は、それを知ってたんですか?」
「……さて……彼の心の内は、誰にもわからないでしょう。
あぁいや、"癒しの巫女"なら、もしかしたら」
もしもガラドが、自分の息子が魔王の生まれ変わりだとして……どうしただろうか。ミーロは、どうしただろうか。
かつての仲間であったライヤ、そして倒したはずの魔王。
その、どちらの魂も持っていると知っていたら、いったいどうしただろうか。
「…………」
考えたところで、意味はない。すでにガラドはこの世におらず、ミーロも捕まってしまったヤークワードにどんな感情を抱いていることか。
それに、ノアリだって、ミライヤだって。今回の件で、ヤークワードに愛想を尽かしていることだろう。
ガラド殺しは冤罪だが、元々殺そうとしていたことに違いはない。いや、もしかしたらヤークワードが気を失っている間、内にある魔王の魂がガラドを殺したのかも。
本当に、記憶にないだけで、ヤークワードが犯人の可能性だってある。
「……そんなの、あんまりだ……」
ポツリと呟いた言葉は、静寂な部屋にあっても誰の耳に届くこともない。
ガラドは、転生前の自分、ライヤの仇だ。自分を殺し、その後のうのうと生きているあの男に、必ずこの手で復讐を誓った。
だが、その覚悟は、あっさりと……自分ではないなにかの手によって、奪われた。
魔王であっても、そうでなくても。ヤークワードではないことに変わりはないのだから。
「それにしても、魔王もわざわざ勇者の子供に転生するとは。気づかれない自信でもあったのか、よほど切羽詰まっていたのか」
そう言葉を漏らす校長は、おそらく転生魔術のことに関しては深く知らないのだろう。そして、ヤークワードが転生する前、何者であったのかも。
魔王は消滅する間際に、一番近くにいた一番乗っ取りやすそうな人間……つまりライヤを標的に決めた。
しかしそのライヤは他ならぬガラドに殺され、結果として、2つの魂が消滅してしまう前に、転生魔術を使い……
「……あれ?」
そこまで考えて、またも引っかかるものがあることに気づく。ライヤはガラドに殺された、その理由……
もしも今考えたように、ライヤに魔王が乗り移っていて……それに気づいたガラドが、魔王ごとライヤを殺したということも考えられ……
「いや、ないな」
そもそも、消滅する魔王がライヤに乗り移ったなんて、どうやったらわかるというのだ。それに、仮にわかったとして、彼らならもっと穏便な解決策を用意できたはずだ。
理由もわからずに仲間に裏切られたライヤは、たまったものではない。
それに、ライヤが意識を手放す直前に見た……あの、見せつけるようなガラドとミーロのキス。あれは、ライヤへの当てつけとしか思えない。
ダメだ、予想外の真実に、頭が混乱している。考えなくてもいいことまで、考えている。
「……む。はい、ゼルジアル」
うつむき物言わなくなったヤークワードを一瞥し、校長は懐から魔石を取り出す。連絡用の魔石だ、通信が入った模様。
冷静に応答していく校長を尻目に、ヤークワードの心中は穏やかではない。
ヤークワードが魔王の生まれ変わりであることがわかった以上、ここに捕まっているのは……表向きは、ガラド殺害の件だろう。でも、本当の理由は……
「わかりました。
……失礼、私は少々用事ができたので、これで。おとなしくしていてくださいね。もっとも……」
その状態では、なにもできないでしょうが……そう言い残し、校長は部屋を出ていく。
魔力封じの拘束。ヤークワードに魔力を使える自覚がなくとも、魔力を持っているというのならそれだけで有効な手だ。
以前、魔族が攻めてきたときには魔力封じの結果が張られたが、あれはエルフ族に対してのみ効果を発揮する。魔王の生まれ変わりだというヤークワードに、効果はなかったわけだ。
この拘束は、種族関係なく力を奪うのだろう。どちらにせよ、今のヤークワードに、抵抗の意志など残ってはいないが。
……ひとり残された部屋で、ヤークワードは己の境遇に、打ちひしがれていた。




