見えない敵の狙撃
「はぁ、はぁ……」
ドサッ……
「! ノアリ!?」
「ノアリさん!?」
崩れ落ちる……その音に、前方を歩いていたヤネッサとアンジェリーナが、振り返る。
そこには、うつ伏せに倒れたノアリの姿があった。それも……
「やっ、あれ……ち、血が……!?」
流れ出ていく血は、床を赤く染めていく。アンジェリーナが驚愕するのも、無理ない話だ。
固まる彼女の横で、しかしヤネッサは即座に動いた。
「アンジェ! 周囲を警戒して!」
「…………」
「アンジェ!!」
「! あ、は、はい!」
ヤネッサはノアリをゆっくりと、仰向けにする。胸元から血が出ている。
胸元から、流れる血……傷口が、ある。こんな傷、先ほどまでは当然なかったはずだ。
この僅かな時間の間に、できた傷。自然にできるわけがない。だとしたら……
誰かに狙われ、狙撃された……!?
「アンジェも、近くに来て!」
「は、はい!」
ヤネッサは即座に、魔法で自分たちを覆うように防壁を張る。これで、どこから狙撃されたとしても問題はない。
問題は、ノアリ。撃たれた傷口からはなおも血が流れており、一刻を争う。
幸い、まだ息はしている。
「あぁ、ノアリさん……!」
「大丈夫、助ける!」
ヤネッサはノアリの胸元に手をかざし、己の魔力を集中。傷口を塞ぐべく、回復魔法をかける。
とはいえ、ただでさえ防壁の魔法を張っている状態だ。動員する魔力も限られる……回復の時間は、遅くなってしまう。
ヤネッサは集中し、魔力をこめる。
「……誰も、いない……」
そうつぶやくアンジェリーナの声は、震えている。当然だろう、謎の攻撃がノアリを襲ったのだ。見えない敵が、潜んでいる。
……攻撃、本当にそうだろうか。ノアリが何者かに攻撃されたとして、それはこの学園の教員であることは間違いないだろう。
彼らが、ヤークワードを取り返されるのを防ぐのはわかる。そのため自分たち侵入者を排除しようとするのも、まあわかる。
だが、曲がりなりにもノアリはこの学園の生徒だ。それを、こんな命を危険に晒すようなことまでして、奪還を防ごうとするだろうか。
「それとも、そこまでしてヤークを取られたくないの……?」
その答えは、今はここにはない。いや、考えても仕方のないことだ。
今は、ただノアリのことを、治す。それだけを考えろ。
「血は、止まった。次は……」
まずは血を止め、傷口を塞ぎ、そして失われた体力を回復させる。弾が残っているので、体内から取り出す。なんだろう、この妙な感じ。
今のヤネッサでは、失われた血までは取り戻せないが……これで、一命を取り留めることは、可能だ。
「アンジェ、周囲に変わったことはない?」
「変わったこと、と言われましても……特には、見当たらないかと」
この学園の生徒ではないヤネッサには、普段の学園と今の学園で違ったところがあったとしても、わからない。
だから、ノアリと同じくこの学園の生徒であるアンジェリーナに、注意深く観察してもらう。
「ぅ……」
「ノアリ!」
小さく漏れる声が、ノアリの意識が戻ったことを教えてくれる。よかった……ほっと、一安心。
それにしても、ノアリを襲った謎の攻撃は、あれ以降なにも仕掛けてこない。ヤネッサが魔力防壁を張っているから、手が出せないのだろうか?
……だとしたら、ここから移動するために防壁を解いた瞬間、また攻撃される可能性がある。
「姿が見えない分、厄介だ……」
もしも相手が、同じエルフ族なら、ヤネッサにもその位置がわかっただろう。エルフ族は、同族の気配がわかるのだ。
だが、そうはできないということは……敵は、人間。それも、ノアリを一撃で意識不明にするほどの、実力を持っている。
「ヤネッサ……もう、大丈夫だから」
「無理しないで、ノアリ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
起き上がるノアリは、全快とは言えない。それでも、あまり魔力を消費させたくない……それが、ノアリの気持ちだ。
血は止まった。傷口も塞がった。じゅうぶんすぎるほどだ。
「ごめん、油断した」
「ううん」
謝罪するノアリだが、ヤネッサは気にすることはないと首を振る。
自分だって、油断していたわけではない。なのに、ノアリが倒れるその時まで、なんの気配も、ましてや攻撃音も聞こえなかった。
「……あれ?」
そこまで考えて、ヤネッサは思い至る。弾丸がある以上、ノアリを襲ったのは狙撃に間違いない……
ならばなぜ、ただの狙撃で、ノアリはダメージを負った? それも、致命傷となるほどの。
ノアリの体は、今や竜族の血が混じり合い、常人以上の硬さになっているらしい。純粋な竜族ではないが、竜族と人族の中間……竜人と呼ぶべき存在へ。
そんなノアリに、ただの弾丸が通用するか? 竜族に近い体にダメージを与えるには……それこそ、魔力の込められた攻撃でもないと……
「ぁ……」
考えて考えて考えて……気づいてしまった。気づいては、いけないことに……
ヤネッサは、先ほどノアリの体内から抜いた弾丸を、見る。先ほど、感じた妙な気配……なんで、気づかなかった。いや、なんで、気づいた。
弾丸を、そっと手に取る。
「あ、あぁ……」
「ヤネッサ?」
わかった、わかってしまった……手に取り、直接触れたことで、疑念は確信へと変わる。
ノアリに致命傷を与えた弾丸、弾丸から感じる妙な気配、そして……手に触れ、感じた違和感。
こんなことが、あっていいのか。ヤネッサの口から漏れるのは、もはや言葉ともならないもの。
だって、これは……
「あぁあああぁああ…………!!」
……この弾丸に使われているのは、同胞の血肉なのだから。
ヤネッサを曇らせまくりやがってこのやろう!!




