笑い合える未来へ
「ねえ、ノアリさん」
「なんでしょう、アンジェさん」
騎士学園内の侵入者、3人の少女が走る。
といっても、音を立てずに忍び足で。それでも、急ぎ足で。先頭は、ヤネッサだ。
そんな中で、アンジェリーナが声を押し殺して、ノアリに話しかける。
「この結界は、あのセイメイというエルフが張ったもの。セイメイとかかわりを持たない者は弾かれる……そうでしたよね」
「えぇ」
先ほどセイメイと対面したことで、確信を得た情報だ。
そのおかげで、自分たちは今、こうして行動することが出来ている。
できればもう二度と会いたくない相手だったが、まさかこのような形でかかわることになるとは。
「でしたら、元々この学園の中にいた教員も、弾き出されている……というのは、考えられませんか?」
「うぅん……」
物陰に身を潜め、周囲を警戒しながら、会話を続ける。
セイメイの口からそういった核心的なことは聞けなかったが、アンジェリーナの疑問は充分に考えられることだ。
人払いの結界。関係のない人間を結界の中に入らせないようにする。だけでなく、結界内にいる人間をも結果以外に弾き出す。
キャーシュが、その例であったように。
「それも、考えられますが……あいつに、もっと聞いておくんだった」
あまり話したくない存在であるとはいえ、この結界を張った張本人だ。聞くべきことは山ほどあった。
あのとき、まさかセイメイがいるなんて思わず、衝撃に潰されてしまった自分の落ち度だ。
「ヤネッサ、誰かいる気配は?」
「うーん……こっちからは、誰のにおいもしないかな」
これまで、学園内で人には会っていない。それはもちろん、いいことだ……なのだが……
それが、結界によりほとんどの人間が結界外に弾き出されてしまったのか。それとも、ヤネッサの道案内のおかげなのか、判断がつかないのだ。
ただ、ヤネッサ曰く結界の中では、鼻の効きが悪いらしい。
「まあ、普通に考えたら、結界の効果は効いていると思いますけど……」
「だったら、どうしてクロード先生は、結界の中にいたんでしょう」
「それは……セイメイが捕らえられていたときに、クロード先生が面会に来ていた、とか?」
「なるほど、それならあのおっさんと関わったことになるから、結界の中に居ても不思議じゃないね!」
「おっさん……こほん。ただ、そう考えるなら、面会に来た教員はかかわりを持ったことになりますから……」
「あ……そっかぁ。じゃあ、結局結界の効果が効いても、何人残ってるかわからないのか」
うんうんと唸るが、結論は出ない。まあ、考えていても仕方のないことだ。
こうして、今のところは誰にも遭遇していない。このまま進められれば、一番だ。
「ごめんねヤネッサ、頼りきりになっちゃって」
「ううん、どうってことないよ! 頼ってくれて嬉しい!」
彼女には、ヤネッサには頼りきりだ。それを、申し訳なく思ってしまう。ヤネッサ本人は、気にした様子はないが。
思えばノアリは、ヤネッサに助けられてばかりだ。まだ幼かった、あの『呪病』事件……あのときだって、ヤークワードとアンジーと共に、危険な旅に同行してくれたという。
それに……『魔導書』事件のときは、手の届く距離にいたにも関わらず、彼女の右腕が斬られるのを、許してしまった。あのときの悔しさは、時間が経っても忘れることは出来ない。
ヤネッサには特殊な能力がある。それに、頼りきりで……ヤークワードと同じくらい、恩がある彼女に、なにも、返せていない。
それを、果たして友達と呼べるのだろか……
「ノアリー?」
「む……ふぁにを……」
ふと、声をかけられ……直後、頬を引っ張られる。両側に、びよーんと。
それをやっているのは、今話しかけてきたヤネッサだ。
「なんだか、難しいこと考えてる顔してる。リラックスリラーックス」
「うにゅ……」
「わ、やわらかーい」
リラックスと言いながら、右へ左へとヤネッサは、頬を伸ばし、遊ぶ。そんなことをされるもんだから、満足に喋れない。
手をバタバタやって、ようやく、ヤネッサは手を離してくれた。
「も、もう……頬が赤くなっちゃったらどうするのよ」
「あはは、ごめんねー。でも、赤くてもかわいいよ」
「赤いの!?」
けらけらと笑うヤネッサは、しかしやわらかな表情で……
「大丈夫、きっとヤークは無事だから」
「!」
ノアリが、ヤークワードのことを考えているのだと思い、安心させるように言葉をかけた。
そこでノアリは、ハッとする。自分は、なにを考えているのだ……今は、なにをおいてもヤークワードを助けることを考えないと。
それに、ノアリだってヤークワードのことが、心配なはずなのに。
「うん……ごめん、少しぼーっとしてた」
「いひひ、いい顔になった」
自分と同じくらいの年に見えて、きっと自分よりもずっと長生きの……少女のような笑顔に、ノアリはほっと一息。こんな状況で……いや、こんな状況だからこそ、気を張り過ぎないようにリラックスさせて、くれるのだ。
ノアリは、今一度気を引き締める。まずは、ヤークワードの救出……目的を見失っては、いけない。
「さ、今のうちに。ヤネッサさん、こちらは?」
「うん、誰もいない。けど、慎重に」
ヤネッサの案内に、アンジェリーナが、そしてノアリが続く。
この救出劇が終わったら、まずヤークワードに心配をかけたことを誤ってもらおう。それから、お疲れ会とこれまでのお礼も兼ねて、ヤネッサにとびきり甘いものをごちそうしよう。
ヤネッサがこの国に暮らし始めて、時間は経つが……まだ言ったことのない所も、あるはずだ。
この一件が終われば、自分たちの扱いはどうなるか、わからない。それでも、おいしいものを、食べに行こう。
みんなで、笑って過ごせる、未来を掴むために。その足を、一歩踏み出した。
「…………あれ?」
がくんと、膝が曲がる。どうしたのだろう……力が、入らない。
ノアリは、そっと、自然と……胸元に、手を当てた。
「あ……」
手のひらには……生温かく、血がべっとりと、




