ひとりぼっちの状態
ノアリたちが、セイメイと相対していたのと同じ頃……裏門では……
「あ、アンジーさん……ロイさん……ミーロ様ぁ……みんな、どこ行っちゃったんですかぁ……? こ、こんなところで、ひとりに、しないでくださいよぉ……」
誰もいなくなった場所にただひとり残った……いや残された少女が、不安げにおろおろしていた。
彼女は、ミライヤは、一緒に行動していたはずの3人が急に消えてしまい、その心中は不安で押しつぶされそうになっていた。
見慣れた学園であっても、このときばかりはなんとも、異様な雰囲気を醸し出していた。
「か、隠れてるんですか? うぅ……」
心細い……胸元をぎゅっと掴み、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
胸元を握りしめたことで強調された豊かな胸元は、ノアリがこの場にいれば嫉妬の対象間違いなしだっだろう。
「ミーロ様! アンジーさん! ロイさん!」
あまりこういう言い方はしたくないが、ヤークワードを捕らえているここはすでに敵地。なので、あまり大きな声は出したくはない。
しかし、それよりも不安が勝り、ミライヤは消えてしまった3人の名前を、呼ぶ。
アンジー……エルフ族の女性で、ヤークワードの家に仕えている。ミライヤも何度か会ったことがあるが、とても理性的で、きれいな人だ。
ロイ……ヤークワードとノアリの剣の先生だという。会ったのは初めてだったが、それだけでミライヤの中では、人格、実力共に素晴らしい人なのだと認識していた。
そして、ミーロ。ヤークワードの母親で、今回の事件に身内が関わっている。なにより、"癒やしの巫女"としての名は、ミライヤの耳にも大きく伝わっている。
「うぅ……」
ミライヤにとって、とても心強い3人だ。だから安心して、ここまで来れたというのに。
ノアリたちは強いと評してくれていても、ミライヤ自身は自分のことを、強いなんて思っていない。だからだろうか、ひとりになるととても不安になってしまうのは。
これまで、ヤークワードやノアリが守ってくれていた。そんな2人に守られてばかりではいたくない、隣に立ちたいと、日々頑張ってきた。
自分より前に、目指すべき背中が、頼りになる背中がある。それが、ミライヤの力となっていた。だが今はどうだ、前どころか、隣にも後ろにも、誰もいない。
ただ、この結界の中でひとりぼっち……
「ヤーク様……」
自分が不安なときは、いつも彼が助けてくれた。
騎士学園の入学試験のときも。『魔導書』のときも。いつだって、彼は……
「ん……」
不安から流れそうになる涙、目元を必死に擦る。泣いてる暇なんて、ない。
これまで、彼に助けられてばかりだった。いつか、彼を助けたいと思っていた……自分なんかが、なんてだいそれたことをと、思ってもいた。
けれど……きっと、今がそのときなんだ。恩人を……大好きな人を、わけもわからないままに、殺されてたまるか!
「よし……!」
パンッ、と、自らの頬を叩き、ミライヤは気合いを入れ直す。そうだ、こんなところでうじうじしていたって、仕方がない。
アンジーたちが消えてしまった理由はわからないが、あの3人を自分が心配するなんて、それこそおこがましい。
頼りになる3人ならば、自分よりもうまくやっている。ミライヤはミライヤの、できることをするのだ。
でなければ、どうやってヤークワードやノアリに、顔向けできるだろう。
「行くぞー」
「あの……」
「わひゃあ!?」
決意を改めて、いざゆかん……と、覚悟を固めたミライヤの背後から、不意に声がかけられる。
固めた覚悟が、あっという間に解けてしまいそうだ。肩、というか体ごと跳ねさせたミライヤは、そそくさとその場から少し離れ、振り返る。
そこにいたのは……
「……リエナ、さん?」
「すみません、驚かせてしまいましたか」
ひとりの、少女。その少女を、ミライヤは知っている。
かつて、シュベルト・フラ・ゲルドの付き人であった人物だ。王族に仕える立場の家柄なため、貴族ばかりの騎士学園でもまた特殊な立ち位置にいる。
そんな彼女が、なぜかこの場にいる。
だが、そんな疑問はどうでもいい。
「よ、よかった、知っている人がいて……」
膝から崩れ落ちるミライヤは、その場に尻をついた。
覚悟を決め、いきなり声をかけられ、それが知り合いのもの……この数秒の間に、ミライヤの胸の内はもうぐちゃぐちゃだ。
まあ、知り合いに会えたのは嬉しい。その気持ちが、あらゆる不安を吹き飛ばしていた。
「ミライヤさん……この状況、どうなっているんでしょう」
「……わかりません」
ただ、知り合いが現れたからといって、今なにが起こっているのか、その答えを持っているわけでは、ないらしい。
そこまで求めるのは、酷というものだろう。
「えっと……リエナさんは、なんでここに?」
「それがですね……」
ミライヤの問いかけに、リエナ本人は苦笑い。さて、どこからどう話したものだろうか。
ともあれ、これでミライヤはひとりぼっちの状態を、なんとか脱したのであった。




