衝突するエルフ族
正直、このシン・セイメイという男は得たいが知れない。そんな男を、信頼していいものか。
とはいえ……ノアリたちでは、クロードに手も足も出せないだろう。授業で、度々その力を見ることはあったが……
もしかしたら、アンジーやヤネッサでさえ、彼の魔力と比較するとかなり劣るかもしれない。
「……一応、礼を言った方がいいのかしら」
「言われて悪い気はしないがの。ま、主らは気にせずあの混じりの小僧を助けに行くといい」
「……」
ヤークワードを助ける、という共通の目的。彼個人のことを信用はできなくても、この共闘関係を信頼はしてもいいのかもしれない。
ノアリは、ヤネッサとアンジェリーナと顔を見合わせ、互いに頷き……学園内へと、走っていく。
横を過ぎるとき、クロードが妨害してくるのではないかとも思ったが……すんなりと、通してもらえた。
シン・セイメイと対峙している以上よそに回す余裕はないのか、それとも学園内に侵入されても問題ないと考えられているのか。
「それにしても……」
なんにせよ、警戒は続けなければいけない。気合いを入れ直す一方で、ノアリはちらりと振り返る。
あの男は……シン・セイメイはヤークワードのことを、『混じりの小僧』と呼んでいた。
次会った時には、それがどういう意味なのかも、聞きだしてやろう。
「……すんなりと、通したものじゃの」
3人の少女たちが学園内に入ってのを見届けて、セイメイが口を開く。真正面に立つ、クロードに向けて。
やんわりとした印象を与える彼には、しかし隙は見当たらない。
「貴方を前に、気を抜くことはできませんから」
「カカッ、儂を警戒して、ということか」
「それより、貴方こそよろしかったのですか?」
「んん?」
対峙する2人のエルフ、片やエルフ族の王、片や騎士学園の教師。その間にわり込める者など、存在しないであろう緊張感。
人払いの結界内であるため、他に邪魔が入ることもない。まあ、早々に例外が現れたわけだが。
「彼女たちと共に、戦うという選択肢もあったはずでは?」
「主との戦いに、戦力になるとも思えんでな。ま、一度あの小娘らに負けた儂が言っても説得力は皆無であろうが」
以前の、ヤークワードたちとの死闘。結果的に不意を突かれた形になったとはいえ、負けは負けだ。セイメイは、それを深く理解している。
それを理解した上で、彼女たちの力添えは不要だと、判断した。
竜族の血が混ざった小娘ならば、言うほど遅れは取るまいが……
「そもそも、この儂が誰かと肩を並べて戦うなど。そんな姿、儂自身にも想像できぬわ」
「はは、それは確かに」
「それに……今の主の言葉。まるで、儂ひとりでは勝ち目がない、というようにも聞こえるぞ?」
瞬間、セイメイの目が細められる。少年の姿をしているとはいえ、いやだからこそだろうか、その身から発せられる圧迫感は、異様なほどに禍々しかった。
それを受けてなお、クロードは涼し気な顔で立っている。
「まさか。私ごときが、命王にそのような生意気な口を叩くなど」
「ふむ……」
「ただ……」
直後、クロードから発せられる圧迫感もまた、鋭さを増していた。
両者の覇気ともいえる圧迫感。それを受ければ、もしもノアリたちがこの場に留まっていれば、蜘蛛の糸に絡めとられたかのように動けなくなっていただろう。
「いかに命王といえど、度重なる転生により、その力は以前よりも弱まっている。
加えて、一度は魔力を封じられ、捕らえられていた。恐れながら、その力は遥かに、減少しているのでは?」
「ふむ……」
エルフ族の王、ゆえにクロードは、初めて会う相手であっても礼を忘れはしない。
だが……それと、目の前の相手に勝てないかどうかは、別問題だ。
「確かにの。転生の度に、そのまま知識は持ち越せても力までは持ち越せぬからな。
幾度の転生で、力の不足は感じておった。
なにより、儂の魔力を封じたあの魔道具は、主が作ったものじゃろう。あれは、だいぶ堪えた」
「もったいなきお言葉」
「じゃが……」
己の顎を撫でるように触り……セイメイは、にやりと、笑った。
その顔が、少年のものでなければ、ひどく邪悪であったに違いない。
「それだけで、儂に勝てると思ったわけか?」
ゾクッ……クロードの背筋に、悪寒が走る。
この緊張感、彼にとって初めて味わうものだ。学園では、他の教師もいるが、その中でクロードは1、2を争う実力者だと言われている。
現に、自分に近しい力を持っている者と会ったことはあっても……ここまで、緊張感を与えられる存在など、初めてのことだった。
以前、この国を魔族を襲ってきたとき、魔力封じの結界でクロードも、その影響を受けていた。だが果たして、この男もそうだったのだろうか?
「勝てるなどと、恐れ多い。ただ、こうして命王と相対する機会をもらえたわけです……是非とも、魔力勝負を、お願いしたく」
幾度の転生を繰り返し、彼はこの時代に現れた。そして、ヤークワードたちとの戦いで消耗し、魔力を封じられ捕らえられていた。
今や、力の節約のために少年の姿に、なっている。伝え聞いただけの話だが、それでもかつてのシン・セイメイとは、天と地ほどの差があるだろう。
なのに……なんだろう、この気持ちは。本当に、同じエルフ族なのか。
「カカッ、良いのう、その姿勢。恐怖の気持ちを抱きながらも、儂への礼を尽くしながらも、その内心は野心に満ちておると見えた。カカカカッ」
エルフ族の王が、高らかに笑う。彼の前には、有象無象を何人集めたところで、なんの意味も持たないだろう。
うぬぼれるわけではないが、クロードが正門を守っていなければ、今頃学園内はめちゃくちゃになっていたはずだ。
そういう意味では、彼が正門に堂々現れたのも、運が良かったと言うべきか。
「エルフ族……いや、ダークエルフがひとり、クロード。
恐れながら、命王の胸を借りたく、挑ませていただきます」
「カカッ、良い良い。もっと素直に、儂をぶっ倒すつもりだと気持ちを伝えてくることじゃ。それくらいの無礼は、許してやろうぞ。
この命王シン・セイメイが、直々に主の力、見てやろう」
直後……褐色のエルフ、ダークエルフと。
エルフ族の王と。
ぞの両者の魔力が、激突した……




