いざ潜入へ
……突如として鳴り響いた、爆音。そして、建物の一部から火の手が、上がる。
誰もが、その光景に目を奪われていた。心臓に響くような、音が響いたのだ。無理もない。
…………まずい。
「みんな、注目しちゃってる……」
この状況は、まずい。ノアリは、小さく舌打ち。
これから騎士学園に潜入しようというのだ。人目を掻い潜らなければいけない。なのに、人目が集めってしまっているという事態。
なにが起きたのだ。砲弾でも撃ち込まれたか、それとも部屋の内部で料理でも大失敗したか。
ともあれ、ただ事ではないことだけは、確かだ。
「ど、ど、どうしたんでしょう!?」
「落ち着きなさいミライヤ」
わかりやすく、うろたえる少女を見て、ノアリは一呼吸。自分よりも取り乱した人間がいると、返って自分は冷静になるものだ。
このタイミング、ヤークワードが囚われている場所で謎の爆発……偶然とは、思えない。
「逆に、チャンスかもしれないわ」
「え?」
そうだ、発想を変えよう。
人々の目が集まった、のではなく……
「これで、中の人間は爆発の原因究明のために、警備が手薄になるはずよ」
「なるほど」
「それに、爆発に驚き、逃げ出している人たちもいます。彼らに混ざれば……」
ノアリの言葉を、アンジーが引き継ぐ。
謎の爆発、その原因を突き止めるため、内部では騒ぎが起こっているはずだ。それに、爆発に興味見たさに群がってくる野次馬の処理。
野次馬と、そして逃げ出している人々。これらに混じって移動すれば、バレる可能性は格段に低くなるはずだ。
「なら、急いだほうがいい」
「はい。後は……」
ロイの言葉にうなずくノアリは、先ほど爆音にかき消されてしまった、キャーシュへの質問をし直すべく……彼に、向き直る。
しかし、なにを言われるかわかっているのか……キャーシュに、迷った様子はない。
「僕も、行きます」
「……」
「僕になにができるかは、わかりません。でも……兄様は、世界でただひとりの、兄様ですから」
戦力的な意味で考えるなら、キャーシュは外したほうがいい。キャーシュは頭がいいとはいえ、騎士学園という場所は彼にとって、地の利はない。
それでも……キャーシュの、覚悟は本物だ。できることがないからと、投げ出すことは、できなかった。
「……わかった」
「キャーシュ、いいのね?」
「はい」
自ら危険な地に飛び込む息子に、母は思うところがないわけではない。
だが、彼女は待つつらさを知っている。勇者パーティーにいたとはいえ、そのほとんどが後衛……戦闘能力など、ないに等しかった。
戦えない悔しさも、待つつらさも知っている。それでも、引けない戦いがあることを、彼女は知っていた。
「うん、じゃあ行こう」
キャーシュ自身、自分が戦力になれないのはわかっている。なればこそ、彼には頭脳面で頼らせてもらうことにしよう。
分けるチームは、先ほどと同じ。正門からノアリ、ヤネッサ、キャーシュ。裏門からアンジー、ロイ、ミライヤ、ミーロ。
「……いいのですか、ノアリ。私たちが裏門からで」
「えぇ」
ロイの疑念に、ノアリは首を縦に振ることで応える。
「あくまで、私たちはヤークを取り返すことが目的。どっちから潜入したほうが安全かなんて、わかりませんが……それでも、裏からの方が確実性は高い」
「……つまり、本命は私たちだと?」
「そう。でも、危険を感じたら逃げる。誰かが犠牲になって、なんてヤークは望まないもの。……逃げるのも、ヤネッサがいれば、それもやりやすい」
ノアリは、本当は自分の手でヤークワードを助けてやりたい。
でも、ヤークワードを助ける確実性の高い方法は……今、ここにある。
「ヤネッサの鼻、キャーシュの頭脳、私の竜の力……今、中では騒ぎが起きてるだろうけど、それをさらに撹乱させるにはうってつけだわ」
とはいえ、積極的に中で暴れてやるわけではない。あくまで、潜入がバレた場合にだ。
隠密は、アンジーたちの方が向いているだろう。そういった意味でも、ノアリはこっち側だ。
「……ノアリ様、こっそり潜入するつもり、あります?」
「あ、あるわよ失礼ね!」
ノアリの案に、ミライヤが突っ込む。どうも、こっそりと暴れてやろうの比率がおかしな気がする。
ともあれ、時間がないだけに計画に穴があるのも、仕方ないとも言える。今更、あーだこーだと決めている時間などないのだ。
謎の爆発、それにより周囲の騒ぎが大きくなってしまう前に、潜入する。
「では、お気をつけて」
「お互いにね!」
言って、ノアリチームとミライヤチームはわかれる。
ノアリチームは正面から。まだ距離はあるとはいえ、走ればすぐの距離にある。このまま突っ切って、敷地内に入ってしまうか。
この場所に立つと、あの魔族と戦ったことをノアリは思い出すが……
「ふぅ……行くわよ!」
一呼吸して、意識を切り替える。今はヤークワードを奪い返すことに、全集中。
そう思い、歩みを進めた時だった……
「……あれ?」
「どうしたの、ヤネッサ」
「人が……いない」
唐突に、足を止めたヤネッサ。彼女の言葉に、ノアリは周囲を見回すと……
……あれほど騒がしく、行き来していた人たちが……忽然と、姿を消していた。
それだけではない。
「き、キャーシュ……?」
3人で、並んで歩いていた……しかし、そこにキャーシュの姿が、なかった。
どこを見回しても、人々と共に、彼の姿も消えてしまっている。
「なに、これ……」
「この気配……魔力?」
ぼそっと、ヤネッサが呟いた。魔力の気配……と。
景色は、なにも変わっていない。暗くなりつつある空、立派に建つ騎士学園、見慣れた建物……その中に、人の姿だけが、ない。
ノアリとヤネッサの姿だけを、残して。




