一刻の猶予もなし
ヤークワードが囚われているのは、目の前にそびえ立つ騎士学園。伝統ある……というわけではない。騎士学園設立は、ガラドの一声によるものだからだ。
十余年前のこと……魔王を討伐し、この国に戻ってきたガラドの「来たるべき日に備え、悪と戦える騎士を育てる学園を作ろう」……この言葉が、騎士学園が設立されたきっかけだ。
来たるべき日、とは、なんのことかわからないが。もしそれが前日の、魔族襲撃であったとするならば。
確かにそれなりに戦える者はいただろう。だが、初めて対峙する魔族の存在に、ほとんどの者は腰が引けていた。あれが、来たるべき日なのだろうか。
それとも、来たるべき日とはまた別の……
「って、そんなこと考えてる場合じゃない」
別のことを考えていたノアリだが、思考を振り払うように、何度も首を振る。この場には、ノアリ、キャーシュ、ヤネッサが残っている。
騎士学園が見える位置、物陰に身を潜め、周囲を警戒している。不審な者が学園に出入りしていないか、変な動きはないか、それを確認している。
妙なことがあれば、ヤネッサが別働隊のアンジー度連絡を取る。エルフ族同士にしかできない、テレパシーのようなものがあるらしい。
「母様たち、大丈夫でしょうか」
「心配ないわ。アンジーも、ロイ先生も、ミライヤだってついてるんだから」
今ここにいないメンバーを思い、キャーシュは眉をひそめる。不安になる気持ちも、当然だろう。
今この場にいないのは、今名が挙がったアンジー、ロイ、ミライヤ……そして、ミーロだ。
騎士学園を見張るのがノアリたち。そしてミライヤたちは、情報収集且つ信頼できる仲間を見つけるために街を散策している。
ヤークワードの身内、騎士学園の生徒、エルフ族……それぞれを分けたほうがいいという結論に至り、この分配となった。
「それに、アンジーの魔法はすごいんだから。きっと、バレずにうまくやってるわ」
「……はい」
ノアリもキャーシュも、そして当然ヤネッサも。全員が、アンジーはすごいのだ、と知っている。だからこそ、安心して仲間を、友達を、任せることができる。
「ヤネッサ、なにか変わったにおいは?」
「うーん……街中から、ヤークに対しての悪意なら感じるけど、それ以外は」
「……そっか」
どうやらヤネッサは、個人のにおいだけでなく、そこにどんな感情が孕まれているか……そういったものまで、嗅ぎ取ることができるらしい。
これは、エルフ族人間族関係ない、ヤネッサ特有の能力であった。
戦力的にも能力的にも、できる限り均等に分けたつもりだ。
「ヤーク……」
今こうしている間にも、学園に乗り込んでしまいたい気持ちはある。だが、まだ早い。
国の復興作業や、先の放送で人通りも多い。夜になれば人の数も減り、警備も手薄になるはず。
あとは、こちらの戦力を増やせればいいのだが……
「……」
ノアリの脳裏に浮かぶのは、アンジェリーナ、リエナ、そしてリィ。彼女たちならば、事情を知れば協力してくれるだろう。
だが、同時に、巻き込みたくないとも、思うわけで……このままなにも知らないところで、とも思ってしまうわけだ。
「あ、アンジーお姉ちゃんだ」
「!」
ふと、ヤネッサが喜びの声を上げる。ノアリも、ヤネッサが視線を向ける先に首を動かす。
そこには、アンジー含めた4人が、帰ってきた姿があった。
「アンジー……」
「特に、収穫はありませんでした。私たちと持っている情報は、対して変わりません」
「ただ、そのほとんどがヤークを悪と決めつけている……ということですね」
残念そうに眉を下げるアンジーの言葉を、ロイが引き継ぐ。
みんながみんな、放送以上の情報を持ってはいない。『勇者』が殺された、犯人は息子のヤークワード……大まかに、この2つ。
その中でも、ヤークワードのことを深く知らない者は、彼を犯人と決めつけている。
「そう……」
先ほど考えてしまったことが、頭をよぎる。ヤークワードの居場所は、果たしてこの国に残っているのだろうか。
いや、彼だけではない。彼を助けようと画策している自分たちも、他人事ではないのだ。
「……日が落ちて、きましたね」
「えぇ」
ポツリと、ミライヤが呟いた。それに同意する一同……学園へ突入するまで、もう数時間とない。
策という策は、未だない。ただ、一丸となって突入する……これは、おそらくない。
一丸となればこそ戦力は増すが、その分見つかる可能性も高くなる。最初から見つかるの覚悟で突入するならともかく、できるだけ秘密裏に、ヤークワードを救い出したい。
「侵入経路は、正門と裏門……の、2つ」
今ノアリたちは正面の門を見張っているが、学園へ入る経路はもうひとつある。裏面の門だ。
2チームに分かれるとして、編成は今のままで問題ないだろう。安直だがノアリチーム、ミライヤチームとしよう。
どちらが正門から、そして裏門から侵入するか……そして、もうひとつの心配事は。
「……」
ミーロと、キャーシュの存在。荒事にするつもりはなくても、必要によっては戦闘になってしまう可能性はある。
その場合、元勇者パーティーで魔族との戦いも経験しているミーロはともかく、キャーシュは……言い方を選ばなければ、足手まといになってしまうだろう。
日々、キャーシュは頭が良いんだとのろけていたヤークワードであるが……戦闘に関し、キャーシュは素人だ。剣が使えるわけでも、武術に長けているわけでも、魔法が使えるわけでもない。
そんな人物を、この先の危険地帯に連れて行っていいものか……
「キャーシュ」
「はい」
本人の意思……それを確認することなく、勝手に決めることは出来ない。
ここで待てと言っても、キャーシュにとってたったひとりの兄の危機に、果たしてじっとできるであろうか。それとも、自ら戦力外を申し出るだろうか。
それを確認するため、ノアリは口を開いて……
ドォン……!
……唐突な、爆音に阻まれた。
「……え?」
誰もが、その音に、光景に、驚愕を露にせずには、いられない。ノアリは、振り返る。そこにあった光景に、言葉を失った。
だって……これから、突入しようと画策していた、騎士学園。その建物の一部から、もうもうと炎が燃え上がっていたのだから。
そしてそれは……ただでさえ残されていない時間が、もう一刻の猶予もないことを、示していた。




