囚われの場所
犯行現場……あの場に、誰も居ないのは幸いだった。あの場に訪れたのを見られては、いくらノアリたちとわからなくても、不審に思われていたかもしれない。
仮にも『勇者』が殺された場所、そこに警備を配置しないのも、普通に入ることができるのも、不用心ではあるが……
それだけ、ヤークワードの対応に急を要しているのかもしれない。
「急がないと……!」
慎重に、しかしそれなりに早く。各々は、逸る気持ちを抑えて歩みを進めていく。
先頭はヤネッサのまま、後続につくノアリたちは周囲への警戒をも怠らない。
アンジーの魔法のおかげで、認識をずらすことはできているが……同じエルフ族には、効果の薄いものらしい。だから、確実に安全というわけでも、ないのだ。
「それにしても、この道って……」
小さく、ミライヤが呟く。その呟きに耳を傾け、ノアリも改めて周囲を見やる。
……よく見る、景色だ。先ほどまで、ただヤネッサの案内に従って歩いていたのみだが、だんだんと見覚えのある光景になってきたのが、わかる。
おそらく、このメンバーの中で、ノアリとミライヤが、真っ先に気づいたことであろう。
「……ここ。ここから、ヤークと、あの場に残ってたたくさんの、においが、する」
そして、ついにヤネッサはその足を止めた。それに続き、ノアリたちも足を止める。
ヤネッサが見上げるは、ひとつの建物だ……彼女に倣って、ノアリたちも顔を上げる。
その視線の先に、あったものは……
「騎士学園……」
ノアリたちが日々、通っている……学園の、姿。
正直、予想はしていた。ヤークワードが連れ去られ、囚われるにあたり、その可能性のひとつとして、騎士学園がそうではないかと。
その予想は、的中した。ヤネッサが言う、あの場に残ってたにおい、とは……つまりは、ヤークワードを連れ去った人物たちの、においということ。
「まさか、ここに……」
「学園は広い。私たちが知らない場所があっても、不思議じゃないわ」
ノアリたちは学園に通うようになり、もう年単位が経つが……それでも、学園の内部すべてを知っているとは、言えない。
彼女らが知らない、監禁部屋のようなものがあるのかも。そうでなくても、ただ教室に縛って放置しているかもしれない。
どちらにせよ、部屋がたくさんあるという利点が、この学園にはある。
「さすがに、何人か警備っぽい人たちは、いるわね」
影に隠れ、学園の様子を伺う。何人か、大人が徘徊している。無関係の人間ということはないだろう。
となれば、やはりここにヤークワードがいる可能性は高いヤネッサを疑うわけではないが、明らかになにかを警戒しているようにも見えるからだ。
「問題は、どうやって入るか……ね」
さすがに、正面突破というのは乱暴だ。ともなれば、裏口からか……
今にも飛び出しそうなヤネッサを押さえつつ、ノアリは考える。急いだほうがいいのは確かだが、大胆な行動はできない。明るいうちから忍ぶのは危険だ。
となれば……
「暗くなるまで、待ったほうがいいでしょうね」
「そうですね……って、うぇあ!?」
同じことを考えていた声があり、ノアリはうなずく……が、振り返り仰天。そこにいたのは、今までこの場にはいなかった人物。
「ろ、ロイ先生……!?」
「お久しぶりです」
人畜無害そうな笑みを浮かべ、そこに立っていたのは……ロイ・ダウンテッド。ヤークワードとヤネッサの剣の先生だ。
移動中捜してはいたが、見つけられなかった人物。それが、タイミングよく現れたのだ。
「ど、どうして……」
「ヤークのこと……でしょう、皆さんも。私も、不信に思い……彼の居場所を、探っていたんです。そうしたら、移動中の皆さんを見つけたので」
「あれ、でも認識がずれてるんじゃ……」
「? 認識?」
「くんくん……あー、あなた、アンジーお姉ちゃんのにおいがする! 長く一緒にいたから、きっと魔法の効果も薄かったんだね」
「!?」
突然現れ、ノアリたちを認識したロイの言葉に、一同は疑問に思うが……ヤネッサが発した言葉で、全員が言葉を失う。特に、アンジーとロイは顔を赤らめた。
なるほど、アンジーと接した期間が長いため、アンジーの幻惑魔法は彼には効果が薄かったようだ。
ヤークワードが学園の寮に住むようになってからも、ライオス家を頻繁に訪ねていたとは聞いていたが……
「……」
におい、なんて生々しい表現をされてしまうと、なんというか、どう反応していいか困る。2人のことだから、一緒にお茶したり程度のことだとは思うが。
「も、もー、私たちだってわかったなら、声くらいかけてくださいよ。びっくりしました」
「す、すみません。皆さん真剣だったので、タイミングが……」
話の流れを変えるように、ノアリは言う。それに、ロイも苦笑いを浮かべて答える。
なんにせよ、この反応はロイ本人で間違いなさそうだ。最悪、何者かがロイの変装をして近づいてきた可能性もあったが……
昔と変わらぬ、色恋には敏感なこの反応。なにより、ヤネッサが『アンジーと仲のいいにおい』と評しているのだ。
「こほん。とにかく、動くならば日が落ちてからの方がいいかと。急ぐ気持ちはわかりますが」
話題を元に戻すように、ロイはわかりやすく咳払い。
そうだ、今気にすべきはこの2人の仲の深さではない。それはまた後で。
暗闇に紛れて、ヤークワードを奪還する。場所も割れた、あとは残り数時間で計画を立てるのみだ。




