ヤークワード救出へ
ヤークワードを助けるにあたり、考えるべきことは多い。本来ならば、周到な作戦を練ってから、向かうべきだ。
だが、時間という問題から、ノアリたちはすぐに動くことを決める。ヤークワードが『勇者』殺しの犯人として祀り上げられた以上、どうあっても猶予は少ない。
自由に動けるのは、むしろ今をおいて他にはないだろう。
「わ、ホントに私たち、気づかれてませんね」
それを決めた一行は、家を飛び出し、ヤネッサを先頭に街中を堂々と歩いていた。
ヤネッサを先頭にしたのは、彼女がヤークワードを見つけられる可能性が一番高いからだ。
ヤークワードの関係者、それも"癒しの巫女"も含んだ一行であるが、周囲の人々から奇怪な目を向けられることはない。
「これが、認識をずらす、魔法……」
「えぇ。私たちを私たちと認識させない……結果は、ご覧の通りです」
「認識をずらすだけだから、別に透明になってる、とかじゃないのよね。目立つ行動は避けなきゃ」
「すみません、ひとりや2人ならまだしも、この人数を透明化は……」
「ううん、充分よ」
もしも透明化なんてことができれば、もっとスムーズに移動することができるだろう。だが、贅沢は言えない。
なんの備えもなしに外に出てしまえば、ノアリたちの存在はすぐに発見され、囲まれ、移動もままならなくなってしまうだろうから。
「ヤネッサ、どう?」
「うーん、こっちからヤークの濃いにおいがする」
「言い方……」
ヤークワードを捜すにあたって、手掛かりがあるとすればヤネッサの存在だけだ。
『呪病』事件の時も、『魔導書』事件の時も。ヤネッサのおかげで、それぞれ助けられた人たちがいる。実績は、あるのだ。
なので、こうして頼っているわけだが……
「犬みたいですね……」
「もしそんな行動をとりそうになったら、すぐに止めるわよ」
ヤネッサとは初対面のキャーシュが、おずおずと言う。それは、みんな感じていたことだ。
においを追う……それは、それだけならいいが、それ以上に仕草まで犬のようになってしまってはアウトだ。
あくまで周囲の人々から、ノアリたちがノアリたちである認識をずらしているだけ。もし変な行動でもとろうものなら、奇行に人々の注目を集めてしまうこと間違いなしだ。
キャーシュの言うように、犬のようなのはまだいい。もしも犬のように四つん這いになんてなられたら、それはもう事故だ。
そうなってしまう前に止めようと、ノアリは固く誓う。
「もしも近くに、先生とかいたらいいんだけど……」
目的地は、ヤークワードが囚われている場所。だが、その道すがら、知り合いの姿はないかと、目を凝らすことも忘れない。
特に、ヤークワードとノアリの剣の先生である、ロイ……ロイ・ダウンテッドであれば、必ずや味方になってくれるはずだ。
「アンジーは、ロイ先生がどこにいるか、知らないの?」
「な、なぜ私に聞くんですか……残念ながら、わかりません」
ノアリの質問に、アンジーが若干動揺したのを、彼女は見逃さなかった。
幼い頃から、あの2人はいい雰囲気だなと思っていたのだ。まあ、以降10年近く、なにもなかったようだが……
「ま、私も人のことは言えないか」
「?」
ひとり、ノアリは呟く。それを聞きつけたミライヤが、首を傾げたのが見えた。
とにかく、アンジーはロイの居場所を知らないようだ。まあ、知っていたら、事前に合流していそうな気もする。あるいは、ヤネッサとロイが会ったことがあれば、捜すこともできたのだろうが。
最後に聞いた、ロイの目撃情報……ヤークワード曰く、アンジーが魔族にやられそうになった時、助けに来てくれたらしい。
結局彼も魔族には敵わなかったようで、アンジーと共に学園に連れていかれた。
ヤークワードはどうか知らないが、ノアリは彼とはその後会っていない。思えば、結構会ってない気もする。
「こっち」
その間も、ヤネッサの案内は続く。数人が固まっていて移動している程度では、周囲の人間に不審がられることは、ない。
「あのヤークワードってのが父親を殺したらしいぞ」
「マジかよ、ろくでもねぇな」
「けど、今回魔族の撃退に功労したのも、そいつだって話じゃんか」
「いや、そういう疑われにくいことしといて実は……ってことかもしれねえぜ」
「魔族を手引きしたんじゃないかって言われてるわよ」
「つまり自作自演ってことかよ?」
「魔族騒ぎを起こして、混乱に乗じて父親を、ってことか? えげつねえな」
移動の最中、人々の声が聞こえてくる。それは、先の情報がひとり歩きし、噂が噂を呼んでいる状態。
根も葉もない。だが、彼らにとって、それが真実かどうかなんて、ささいな問題かもしれない。
言われぬ容疑に、ノアリは歯を食いしばる。いや、ノアリだけではない。
「……」
本当なら、今すぐにでも飛び出して、今あらぬことを言った奴を殴り飛ばしてしまいたい。
それをしないのは……ここで暴れれば、ヤークワード救出のチャンスを、棒に振ってしまうことになると、わかっているから。
とはいえ、まだ大人な分冷静なミーロやアンジーはともかく、ヤネッサやキャーシュが我慢できているのは、賞賛に値する。
「……もしも……」
ヤークを奪い返せたとして、その後ちゃんと元に戻るのかしら……
そんな気持ちを、最後まで口に出すのを、ノアリは止めた。言葉にすれば、まるでそれが本当のことになってしまうような気がして。
大丈夫だ。ヤークワードを取り返し、真実を明るみにする。そうすれば、周囲の人たちだって、きっと……
「! ここ……」
ぽつりと、ヤネッサが声を漏らした。いきなり立ち止まられたので、ノアリは鼻先を彼女の背中にぶつける。
いったい何事かと、ノアリはヤネッサの背中からひょいと顔を横にずらし、視線の先を追う。
そこには……
「……っ」
……大きな、血だまり……
誰がなにを言うでもなく、わかった。ここで、ガラドは……殺された。そして、ヤークワードのにおいが残っているということは……
「現行犯扱いで、連れていかれた……?」
ヤークワードがガラドを殺していないことを前提として考えると……ガラドはここで何者かに殺され、そこにヤークワードが居合わせた。
状況証拠としては、充分すぎる現行犯。そう考えれば……
「奥様……!」
「っ、大丈夫……大丈夫よ」
よろめくミーロを、アンジーが支える。無理もない、ここで犯行が行われたのなら……
許せない。こんなことをして、大切な人を悲しませて……
「ヤネッサ」
「わかってる。……においは、まだ続いてる」
ここで終わりではない。ここからが始まりだ。
決意を新たに、ノアリたちは歩みを進めていく。




