今後の方針
ヤークを、助けに行こう……誰もがきっと頭の中に考え、しかし誰もが簡単には言い出せなかった言葉。
それを、合流したばかりのヤネッサは、あっさりと言い放った。
「……ん? みんなどうしたの?」
「いや……あまりに、いきなりだったから」
合流できたのは嬉しいし、魔法の使えるエルフである彼女たちが一緒にいるのは心強い。
それに、魔法の他にもアンジーは武術を得意としているし、ヤネッサは鼻が利く。
ヤークワードがどこにいるかわからない……という悩みも、ヤネッサがいれば解決できるに、違いない。
「ヤネッサ、事はそう簡単じゃないのよ」
と、アンジーが言う。彼女の、言うとおりだ。
ノアリが考えている通りなら、敵はヤークをガラド殺しの犯人に仕立て上げようとしている……それだけの権力を、持っている。
しかも、『勇者』ガラドを殺せる実力付きで。不意をついたかどうかはわからないが、不意をついた程度で殺せるほど、甘い相手ではない。
「む……」
「気持ちはわかるけど、いきなり行って『ヤークを返せー』なんて言っても、通じる相手とは思えないわ」
相手がどんな権力を持っていても、王族以上の権力の持ち主はいない。
だから、現在次期国王に一番近い、リーダ・フラ・ゲルドの力さえ借りられれば……
「……」
しかしノアリは、その考えを押し殺す。正直に言えば、リーダという男は、信頼できない。
それに、誰が敵で誰が味方かもわからないこの状況。考えたくないが、この一件にリーダが関わっていることも、充分にあり得る。
……もし、シュベルトが生きてくれていたら……
「いや、考えても仕方ない」
彼は、もういない。彼なら信頼に足る人間だが、いない人間のことを考えても、仕方ないことだ。
彼の、王族の婚約者であった、アンジェリーナ・レイならばどうだろうか。……信頼はできるが、彼女の立場も今や微妙な位置にある。
信頼できる人物としてアンジェリーナや、シュベルトのお付きであったリエナ。それにミライヤの友達であるリィとも、合流したいところではあるが……
「みんな、ヤークを助けたくないの!?」
「そんなことないわ。ただ、慎重に動かないと、私たちも殺されてしまうかもしれない」
痺れを切らしたヤネッサの言葉に、アンジーが冷静な言葉を投げかける。その内容に、ヤネッサは……いや、一同は息を飲んだ。
敢えて口にはしなかったが、そういうことなのだ。何者かがヤークワードを犯人に仕立て上げようとしている。
それを助けようとするということは……なにをされても、おかしくない。
「現に、旦那様は……」
「っ……」
ミーロが、悲痛な表情を浮かべる。
それに気づいたアンジーは、ハッとして頭を下げた。
「す、すみません! 私……」
「いいのよ、あの人が殺されたのは事実。気を遣わないで。それより、私にとっては、今生きている子供のほうが大事」
「奥様……」
「ミーロ様……」
きっと一番つらいのは、彼女だ。夫を殺され、その犯人に息子が仕立て上げられているのだから。
だが、そのつらさを見せない。その強さは、まさに"癒しの巫女"と呼ばれるに堂々たる、姿であった。
「とにかく、ここから移動しましょう。また、誰が来るともわからないわ」
「そうですね」
今外にいる人たちは、アンジーの魔法で眠ってもらっている。だが、いつまでもここに留まるわけにもいかない。
また、人がやって来るかもしれない。それに、今寝ている人たちも、いつ起きるとも分からないのだ。
「でも、どこに……それに、ここに留まるのも危険ですけど、移動するのもそれはそれで、危険ですよ」
「うーん……確かに」
今後の方針をめぐり、キャーシュが不安げに漏らす。確かに彼の言うことも、一理ある。
道に迷ったら動かずその場に留まれ、とはよく聞く言葉だが、この場合でも同じようなことが言えるだろう。
移動すればそれだけ、誰かに見つかり危険にさらされる可能性が増す……だが、この場に留まれば、少なくともこの中になだれ込んでくることは、ないだろう。
「だったら、やっぱりヤークを助けに行こうよ」
思い悩み、会話が途切れたところで……はいはいと、手を上げるのはヤネッサだ。
彼女の言葉に、しかしアンジーは軽くため息を漏らした。
「アンジー、さっきも言ったように、事は慎重に……」
「でも、どっちみちヤークを助けるなら、時間が経てば経つほどこっちには不利になるはずだよ」
「む……」
先ほど却下した意見、それを再度わかりやすく話そうとするが、思わぬヤネッサからのカウンターに、アンジーは押し黙る。
なるほど、彼女の言うことも一理ある。ヤークワードが、どこかに囚われ監禁されているとして……その場所には警備が、必ずいるはずだ。
今は、ヤークワードが犯人として祀り上げられてから、さほど時間が経っているわけではない。きっと敵さんも、やることが多くて慌ただしくなっているだろう。
だが、時間が経てば……それだけ、ヤークワードの警備の目も、厳しくなるだろう。
「警備の目が粗いのは、むしろ今がチャンス、か」
「そうそう!」
もしかしたら、敵も同じことを考えているかもしれない。ヤークワードを助けようとする者がいるとして、それは周到な準備を終えて、来るはずだと。
だから逆に、即効で動く……敵の考えの、逆を行く。
「今なら国中が混乱してる。この混乱に乗じれば……」
「うん、ヤークを助けられる!」
人々の中には、ヤークワードを助けるためだけではなく、ただ単純に野次馬根性でヤークワードを捜している者も、いるだろう。
そういう連中に混ざれば、動きも不審には見られないだろう。
「ヤネッサちゃんの言うことは、正しいかもしれない。こうして話し込んでいる間にも、ヤークが……」
気丈に振る舞っていても、やはり心配なのだろう。
ミーロは、ヤネッサの言葉に賛同する。
「ただ、この人数で動くとなると、目立つんじゃないかしら」
「それなら、おまかせを。魔法を使えば、人々から私たちの認識をずらすことができます」
「認識を……ずらす?」
「はい。そこにいても、すぐに私たちだとはわからなくするものです」
移動手段も、アンジーの魔法により解決。認識のずらしとは、あまりいい思い出がないが、ノアリとミライヤはそっと呑み込んだ。
ヤークワードを捜すのも、ヤネッサの力があれば可能だ。
ヤークワードを助け出す……それだけの、目的だ。この場にいるのは、ノアリ、ミライヤ、ミーロ、キャーシュ、アンジー、ヤネッサ……
戦力としても、決して悪くはない。
「じゃあ……今から行きましょうか。ヤークを、助けに!」
しばし考えた後の、ノアリの言葉。それに反論する者は、ひとりとしていなかった。




