続々集まる
ヤークワードの処刑……それを聞いて、ミライヤは改めて、事の重大さを理解していた。
「な、なんとかならないんでしょうか。ミーロ様や弟君が、それは勘違いだと言えば……」
「それは、多分無駄でしょうね」
ミライヤの提案に、しかしミーロは首を振る。
それを受けて、「えぇ」とノアリも、同じ意見だとうなずく。
「どうして……」
「ヤークを処刑しようとしている相手が、何者かも規模もわからない。そんなところへ、ミーロさんやキャーシュが直談判にでも行ったら、逆に利用されるわ」
「利用……なにに?」
「なにかに、よ。手札は多いに、越したことはないから」
いかに『勇者』の妻且つ勇者パーティーにして"癒しの巫女"であるミーロや、その息子であるキャーシュであろうと、ガラド亡き今どれほどの発言力を持つのかわからない。
今やミーロは、"ガラドの妻"という肩書きが大きい。過去の実績があっても、ガラド絡みである以上思い通りにはいかないかもしれない。
そもそも、そういう小難しい事情を気にせず、ミーロやキャーシュが捕まる可能性だって大きい。
相手は、『勇者』ガラドを殺したかもしれない、奴なのだから。
「ともかく、ミーロさんとキャーシュは身を隠していた方がいいわね」
「……ここも、そう安全とは言えなくなってるみたいだけどね」
閉めていたカーテンを少しだけ開けて、ミーロが窓の外を指す。指摘された外には、すでに幾人もの国民が集まっていた。
ここは、事件の加害者及び被害者の家……人が集まるのも、無理もないと言える。
とはいえ、だからこそノアリたちとミーロたちは、合流できたわけだが……
「どどど、どうするんですか!? 囲まれちゃいますよ!?」
外の様子に、ミライヤは叫ぶ。
なにも悪いことはしていなくても、ヤークの身内……それに仲のいい人物ともなれば、人々から質問攻めにあうに違いない。
時間がないというのに、そんなことに時間を取られるわけには、いかない。
「まあまあ。私たちが家の中にいることは、誰にもバレてないんだし……」
「そういう問題じゃないですよ!?」
この家ならば、ヤークを知っている人間と合流しやすい。
だが、こうも人に集まられては、もう合流は難しいだろう。アンジーやヤネッサ、ヤークを信じる者は他にもいるはずだ。
彼女らを探すためにも。そしてヤークが今どこにいるのかを探るためにも、ここでじっとしているわけにはいかない。
「さて、どうやって外に出るか……」
「……ん? あれ……」
ふと、キャーシュが声を漏らす。彼が見ているのは、ノアリたちとはまた別の方向だ。
なにかあったのだろうかと、ノアリも視線を動かす。人々に囲まれつつある、はずだったが……
……バタバタ。ひとり、またひとりと、人が倒れていくではないか。
「な、なに?」
人が次々に倒れていく……その現象に、ミライヤが怯えた声を漏らす。
見たところ、倒れている人に外傷は見当たらない。となれば、原因は……
それを考えるより先に、事態は動く。
キィ……
玄関の扉が、音を立てて開いていく。
「か、鍵閉めてなかったんですか!?」
「う、うっかりしてたわ」
外で人々が倒れていく、にも関わらず、何者かが家の中に侵入してきた……これにより、外で起こっているなんらかの現象が、自然的である可能性は消える。
であれば、今家の中に入ってきた何者か、によるものだろう。その人物が、なんらかの方法で外にいる人たちを倒れさせ、自分たちは安全に家の中に入る。
何者か……侵入者の存在に、ノアリは構える。剣は持っていないが、肉弾戦でもなんとか……
「! アンジー?」
「はい、そうです」
ふと、ミーロが声を上げる。
次の瞬間、扉の向こうから現れたのは……ライオス家のメイドであるエルフ、アンジーであった。
「き、気づいたんですか?」
「足音が、そうかなって」
まだ姿が見えていないうちに言い当てたミーロに、ノアリは驚愕する。返ってきた内容も、そうだが。
家の中に入ってきたのはアンジー。そして……
「私もいるよ!」
「ヤネッサさん!」
アンジーの後ろから、ひょこっと顔を出すのは同じくエルフの、ヤネッサだった。
その姿に、ミライヤは嬉しそうに駆け寄る。
「ふたりとも、無事みたいね。よかったわ」
「もしかして、外の人たちって……」
「えぇ、少し眠ってもらいました」
アンジーとヤネッサの無事を安堵するミーロ。そして外から堂々やって来たということは、今外で倒れている人たちは彼女らが関わっているということだ。
なんとなしに答えるアンジーに、きっと魔法で眠らせたんだな……とノアリは思い至った。
「……」
「ん、どうしたのノアリ」
「な、なんでもないわ」
顔をそらすノアリ。あからさまだっただろうか。首を傾げるヤネッサは気にしていないようだが。
……ヤークワードに聞いた話。ヤネッサは、故郷を滅ぼされる場面を直接見たのだという。
魔族がエルフの森を焼き、同胞と帰る場所を奪った……ヤネッサは、それを直接見た。その悲しみは、怒りは、想像もできない。
あれから時間は経った……少なくとも、表面上は元気に見える。
「アンジーは……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
アンジーも、その話は聞いているのだろうか……彼女の故郷でもあるから、十中八九聞いているだろう。
悲しみを、感じさせない凛とした姿に、ノアリは尊敬の念すら抱く。
「奥様たちなら、ここに来ているだろうと思っていましたが……正解でした」
「あー、私の鼻で確信したんじゃない!」
「ふふ、そうだったわね」
ヤネッサは、かなり鼻がいい。ノアリたちの匂いを追って、ここにいると確信したのだろう。
「じゃあみんな、ヤークを助けに行こう!」
「!?」
続々と集まる中で……ヤネッサが、真っ先に今後の動きを提案した。




