残された猶予
2人の見解に、首をかしげるミライヤ。
同じように、キャーシュもよく理解できていないといった感じだ……よかった、わからないのは自分だけでは、なかったらしい。
そんな2人の表情を見て、ノアリもミーロも、困ったように眉を下げる。
「ごめんなさい。ちょっと確認しておきたくて」
「か、確認」
「えぇ。ヤークが、本当にそんなことをするのか……っていう、確認」
その言葉に、ミライヤはさらに首をかしげる。言葉の意味が、掴めない。
しかし、その内容にゾッとするものも、感じる。
「今回の件は、ヤークがガラドさんを殺されたと放送されたのが発端……私たちは、その真実を確かめなければならない」
「はい、ですから……」
「だから、今一度確認したかったの。ヤークが本当にそんなことをする可能性があるのか……そして、実際にやったのかを」
「んん……?」
確認は大事だ、それはわかる。
だが、それが先ほどのやり取りと、どうつながるのだろう。
「ヤークは、ガラドさんを殺そうと……それに近い考えを、持っている。これは多分、事実だと思う」
「そ……」
そんなこと、あるはずがない……その言葉は、出てこなかった。ミライヤ自身、ヤークワードのことをどれほど、知っているというのだろう。
実際に、ノアリとミーロの恐ろしい見解は、一致していた。
「でもヤークは、実際にはそんなことはしない。これも、断言してもいいわ」
「……? ど、どうして……」
殺すという可能性があるのなら、どうしてそんなことはしないと、言い切れるのだろうか。
戸惑うミライヤに、ノアリはただ一言……
「だってヤークよ?」
あっけらかんと、そう言った。
「ヤークが誰かを、まして自分のお父さんを殺すなんて、あり得ないじゃない」
「……私がバカなんでしょうか、ぞれとも私がバカなんでしょうか。ノアリ様の言っている意味が……」
「落ち着いてミライヤ」
頭を抱え、うんうんと唸るミライヤの頭を、ノアリはぽんぽんと叩く。
別に、難しく考える必要はないのだ。
「ミライヤはどう? ヤークが誰かを殺すような人間だと思う?」
「お、思いませんけど……って、私最初からそう言ってますよね!?」
「ミライヤちゃん、ヤークのことが大好きなのね?」
「こんな時に茶化さないでくださいよ!?」
だめだ、頭の処理が追い付かない。
2人とも、ヤークワードはガラドを殺す可能性があると考えて……でも、ヤークワードだから、誰かを殺すことは考えられないとも考えている。
自分のために、ビライス・ノラムにこれまでにないほどの怒りを向けつつ、殺さなかった人だ。その気になれば、命を奪うこともできただろうに……
そんな彼だから、誰かを殺すなんて考えられなくて。
「でもそれって、結局は気の持ちようってことなんじゃ……」
「そうとも、言う」
またしてもノアリは、あっけらかんと言う。
やはり納得がいかない。そう思って、口を開きかけたミライヤを、真剣な表情になったノアリが黙らせる。
「多分あの放送は……ミーロさんや、キャーシュ、私たちをこそ"そう"思わせたかったのだと思う」
「……私たちを?」
「えぇ。ヤークが、ガラドさんを殺す可能性がある……元々その疑いを持っていた人間に、そう思わせるために」
ヤークワードという人間とガラドという人間の関係を、深く知っていればこそ、ヤークワードがガラドに殺意を抱いているのがわかる。ミーロやノアリのように。
疑いを持っていた人間。その疑いを確固たるものにする……それが、あの放送の狙いだと、ノアリは考えた。
「でも、こうしてヤーク様はやってない、という結論になったわけですよね?」
「そこは敵さんの調査不足ね。敵さんが考えている以上に、私たちがヤークのことを知っていた、ってことよ」
「ふふ、愛の力ね」
「あっ……ごほん!」
「……敵」
ノアリのセリフの中に、物騒な言葉があった。"敵"と。
敵とはつまり、今の文脈通りに受け取れば、放送を流した人物のことで……
「そ、敵……ヤークをはめようとしている、敵よ」
ヤークワードに、ガラド殺害の罪を着せた者のことだ。
それは同時に、ガラドを殺害した張本人ということでもあり……
「でも、信じられません。ガラド様は、『勇者』ですよ? なのに、あの人を殺せる人なんて……」
「息子のヤークなら、隙を突くのも容易いって?」
「言ってないですし、揚げ足取らないでください!」
「お、怒らないでよっ。普通の人は、そう考えるってこと!」
言われて、ミライヤははっとする。
確かに、『勇者』を殺せる人物など限られている。魔王の危機が去って20年近く経つとはいえ、彼は未だ強い。
そんな人物を、魔族襲撃後の最中を狙ったとしても、殺すのは難しいだろう。
でも、息子だとしたら……
「そこで、さっきの話に戻るわ。
ヤークをよく知っている人間なら彼を疑うように仕向けられ。
そうでない人間でも彼を疑うように仕向けられる」
つまりは、『勇者』が『勇者』の息子に殺されたと放送することで、嫌でも現実感を与えることが出来る。
ヤークワードを人殺しに仕立て上げるのに、これ以上の説得力はないのだ。
「ま、その放送があだになって、私たちがヤークを疑うことはなくなったんだけどね。だってあのヤークよ?
人間、殺そうと考えてても実行できるやつなんて、そうそういないわ。
そういうのは、頭がイカれてるやつだけよ」
「……ですね」
かつて、生みの親と育ての親を、どちらも失った……殺されたノアリには、よくわかる。
誰かの命を奪うなんて、そんなこと、普通はできるものじゃない。生みの親を殺された時の記憶は、もうあまり残ってないけれど。
育ての親を殺した、ビライス・ノラム……善人を装った、狂人。ただ自分の求めるもののためだけに、ミライヤの大切なものを奪った。
ヤークワードは、あんな狂人とは、違う。
「考えていることと、それを実際に実行するかはまったくの別問題。
敵は、そんな当たり前のこともわかっていないようね」
だからこそ、あの放送はミスだった……ノアリは、続ける。
わかるのは、あの放送を国中に広めることで、ヤークワードの容疑を確定のものとすること。
それだけ急ぐ理由はわからないが……ひとつだけ、確かなことがある。
「人を殺すのは、犯罪。これは当たり前。しかも、今回の被害者は、世界を救った勇者……その被害は、計り知れない」
『勇者』がすごいことは、ミライヤにだってわかる。だが、彼がどれだけすごいのか、今の世にどれだけの影響力があるのかと聞かれれば、答えられない。
それでも、『勇者』を失うことは、人類にとっての大損失。
そんな『勇者』を、手にかけたとなれば……
「ヤークは、死刑にされる……!」
何者かの、もしかしたら何者かたちの陰謀によって。こんな規模の大きなこと、個人でできるとも思えないから、後者だろうか。
しかも、それだけ急いでヤークを裁きたいということは……猶予は、あまり残されてはいない!




