可能性と事実
「の、ノアリ様!?」
ノアリの発言に、ミライヤは音を立てて立ち上がる。ノアリは、微動だにしない。
同じく、ミーロとキャーシュも、黙って話を聞いていた。
「ミライヤ、座って」
「でも……」
「いいから」
静かな口調で、しかし強い口調で言われ、ミライヤは座る。
しかし……彼女は今、とても酷なことを聞いたのだ。いくらあんな前置きをしていたからと言って。
よりによって……
『私は、ヤークが父親を……ガラドさんを殺すという可能性は、あると思ってる
おばさん……いや、ミーロさん。それにキャーシュ。
2人は、どう思ってる?』
よりによって……こんなことを、聞くだろうか?
家族に……だ。ミーロにとっては、息子が旦那を。キャーシュにとっては、兄が父親を。
殺す可能性があると、思っているかと……そう、聞いたのだ。
「ノアリ様……さっき、ノアリ様は、ヤーク様のことを信じてるって……」
噛みしめるように、ミライヤは言う。
「えぇ、言ったわ。ヤークのことは信じてる。この先なにがあっても……彼がなにをしても、彼の味方でいるつもりよ」
「!」
そうだ、確かにノアリは、ヤークワードのことを信じていると言った……しかし、それはなにに対してだ。
少なくとも、ミライヤのように……『父親を殺していない』ことを信じているとは、言っていない。
「で、でも……だからって、おふたりに……こんなところで……」
「必要なことなの」
ミライヤは、ヤークワードとミライヤが騎士学園に入学してからの付き合いだ。それ以前のヤークワードは知らない。
まして、会ったこともないヤークワードの家族関係など。
「私は、何度もヤークや、ヤークの家族と触れ合う機会があった。で、ある時気づいたの」
「……気づいた?」
「ヤークが、父……ガラドさんに向ける感情、ミーロさんに向ける感情、そしてキャーシュに向ける感情。
それぞれに、違いがあるって」
ノアリでさえ、その事実に気づいたのだ……ノアリ以上にヤークと過ごしている家族ならば……
……もっとも、家族でなく一歩引いた、第三者の視線から見ていたからこそ気づいた、という見方もできるが。
「でも、やっぱりお父さんやお母さん、弟に向ける感情は、まったく同じではないと思います」
言いながら、ミライヤは思い出す。もういない、両親のことを。生みの親の記憶は、もうあまりないけれど。
少なくとも、男親と女親で、向ける感情が違うのは確かだ。お母さんだから相談をしやすいとか、ささいなことではあるが。
ミライヤには弟がいないので、その感情は分からないが。
「ううん、そういうんじゃないの」
「……?」
「そういうんじゃ、ないの。特に、ヤークがガラドさんに、向けている目は……」
うまく口にできない、といった感じだろうか。ノアリの表情が、硬くなる。
一体、彼女は彼に、なにを感じていたのであろうか。
「……でもやっぱり、信じられません! ガラド様はヤーク様の父親……いいえ、そうじゃなくても! ヤーク様が、人殺しなんて……」
「その人がどんな人間かなんて、ずぅっと付き合ってみなきゃわからないわ。私だってヤークの全部を知ってるわけじゃない」
「どんな、人間か……」
「そう。……思い出させて悪いけど、ビライス・ノラム……あの男が、ああいう奴だって、最後まで気づかなかったでしょ?」
「っ、そ、れは……」
ビライス・ノラム……その名を聞いただけで、体が震えてしまう。
かつて、ミライヤにお見合いを申し込み……そして、ミライヤの両親を殺し、ミライヤの心に傷を残した男。
なにかの、間違いだと思っていた。いい人だと、思っていた。でも……
結局は、ミライヤの家に眠る『魔導書』が狙いで、ミライヤに近づいた……
「……ごめんね」
その時、ノアリの腕が、そっとミライヤの肩を抱き寄せた。つらいことを思い出させてしまい、謝罪する。
ああいう、厳しいことは言ったが……それだけ、ノアリも本気なのだ。今まで、ビライス・ノラムの話題は徹底的に避けてきたのだ。
伊達や酔狂で、あんな質問をしたわけではない。
「……正直に言うなら、あの子があの人に向ける気持ちの中に、怒りや憎しみのようなものを、感じたことならあるわ」
「母様……」
ミーロは、口を開く。それは、ミーロも同じく、ヤークワードの気持ちに感じるものがあったと、いうもの。
これまで、ミーロは家庭を持ったことも、子供を設けたことだってない。だから、子供というのはこんなものかと、思ったりもしたものだが……
「ヤークからは、どこか……懐かしいような、雰囲気を感じていたの。同時に、これまで何度も感じたことのある気持ちも」
「……何度も感じたことの、ある気持ち?」
「……私が勇者パーティーのメンバーだったのは、知ってるわよね。いろんなところを旅していると、必ずしも感謝の気持ちを向けられるわけじゃないの。
怒り、憎しみ……そういったものを、向けられることもある」
「それを、ヤークからも感じていた?」
ミーロは、静かにうなずく。聞いてもピンとは来ないが、当事者だからこそわかることも、あるのだろう。
それに、ミーロがそう感じていたのなら……ガラドも、そう感じていたのだろうか。
「ノアリちゃんの質問の答えは……
私は、ヤークならそういうことをしても、おかしくないとは思う」
「! 母様!」
「ミーロ様!?」
しっかりとノアリを見つめ返すミーロは、己の気持ちを、口にする。
ミーロが、ヤークワードに対してどういう気持ちを抱いたのかは、わからない。ただ、それでもガラドを殺そうと考えている可能性は、あると答えた。
「ただ……」
可能性は、ある……そう、答えた。
そして、その上で……
「あの子があの人を手にかけることは、あり得ないわ」
ヤークワードがガラドを殺したという事実はありえないと、強く口にした。
それを聞いて、ミライヤの頭の中は困惑だらけだ。
殺す可能性はある、だけど殺すなんてありえないと……そう、言っているのだ。
「……? ……っ?」
しかし、ノアリは納得がいったかのように、頷いている。
ただただ、ミライヤは困惑するばかりだ。




