壊れるかもしれない関係性
ヤークワード・フォン・ライオスによる、『勇者』ガラド・フォン・ライオスの殺害……それは一気に、周囲へと広がっていった。
国中に放送されているのだ、当然と言えば当然だが……
「いた!」
この広い国中から、あてもなく捜し人を見つけ出すのは難しい。
だが、ノアリにはひとつの予想があった。そして、その予想が的中した結果、目的の人たちを見つけることができた。
「おばさん! キャーシュ!」
「! ノアリちゃん……」
目的としていた場所……ヤークワードの実家だ。
そこに、彼の母親でありまた"癒しの巫女"とも呼ばれている、ミーロ・フォン・ライオス。さらに、ヤークワードの弟であるキャーシュ・フォン・ライオス。
彼の家族が、そこにはいた。
「わ、わ! "癒しの巫女"様に、弟君! わ、私緊張します!」
「あはは……」
本当ならば、もっとましな状況で会わせてあげたかったのだが……事態が事態だ、仕方あるまい。
2人とも、不安げな表情を浮かべている。
「ノアリちゃん、どうしてここに……」
「いると思いました。ここは、家族の思い出の場所だから」
ヤークワードにとって、そして家族にとって、ここは大切な場所のはずだ。
それに、ノアリにとっても……幼い頃から、遊んでいた場所だ。
「姉様、兄様が……それに、父様が……」
「大丈夫よキャーシュ、きっとなにかの間違いだから……」
「……姉様?」
「あははは今はいいじゃないそんなこと!」
ヤークワードとの付き合いが長ければ、当然キャーシュとの付き合いも長い。なので親しいのはわかるが……
ノアリは、キャーシュに自分のことを『姉様』と呼ばせていた。
それをミライヤに突っ込まれ、誤魔化すように笑い声をあげる。
「あら、そちらは……」
「あ、み、ミライヤと申します! や、ヤークさ……ヤークワード様とは、同じクラスでして……その、へ、平民、で……」
ミライヤにとって、貴族は憧れだ。中には自分勝手な貴族もいるが、ヤークワードと、会ったことはないがその家族は別だと考えていた。
それでも、平民だと口にするのは、やはりためらいがあって……
「ミライヤ、ミライヤ……あぁ、前に兄様と姉様がびこむぐ!」
「あははは前に話したことあったわよねーそうよ友達なの!」
なにかを思い出したように、口を開きかけたキャーシュの口を、ノアリは塞ぐ。ミライヤは首を傾げる。
……以前、ミライヤがビライス・ノラムにデートを申し込まれた時。ヤークワードとノアリは、2人を尾行していた。
その際、ヤークワードとノアリはキャーシュと再会し、事もあろうにキャーシュも尾行に巻き込んだのだ。
「ミライヤには言えないわ……」
「あの、どうしました?」
「いや、なんでもないわよー?」
ミライヤには、結局尾行していたことは話していない。また、キャーシュには尾行の理由は話したが、結末については話していない。少なくともノアリは。
ここで、これ以上話をこじらせるのはよくない。
「こほん。とにかく、こっらが私たちの友達ミライヤ。で、こちらがヤークの母親と弟よ」
「ミーロよ、こんな状況じゃなく、もっとちゃんと挨拶したかったわ。ヤークからあなたのことは聞いてたから」
「キャーシュです。僕も、もっとちゃんとご挨拶したかったんですけど」
「い、いえこちらこそ。……私のこと、ですか?」
「えぇ。平民の、とてもかわいらしい女の子がいるってね」
「へっ……」
実際に、ヤークワードは家族にもミライヤの話はしたのだろう。だがその内容までは、ノアリは知らない。
が、わざわざかわいらしい、なんて言うだろうか。
この人ちょっと盛ったな、とノアリは思った。
「……では、互いに自己紹介も済んだところで。その、ヤークのことです」
手を叩き、みんなの意識を強引に引き戻す。本当なら、こんなほのぼのとした時間をもっと過ごしていたいが……
そんなわけにも、いかない。
「……ヤーク……それに……」
場の雰囲気が一変し、ミーロが目を伏せる。
息子が旦那を殺した……そう、伝えられれば、平静を失って当然だ。
それでも、まだ平静を保っているように見えるあたり、さすがはかつての勇者パーティーメンバーと言うべきだろう。
「とりあえず、立ち話もなんでしょう。上がって」
ミーロの提案に、ノアリはうなずいた。今はまだ、周囲に人はいないが……
被害者と加害者、その同一であるこの家の周りに人が集まってくるのも、時間の問題だろう。
ここではなく別の場所に移動する手もあったが……今や国中、どこかしらに人がいる。その中を移動するなんて、得策ではない。
事件の関係者、それも家族など、かっこうの得物なのだから。
「……2人は、よく無事でしたね」
家の中、リビングに移動し、椅子に座る。ここならば少なくとも、立てこもることは可能だ。
椅子に腰を下ろしつつ、ノアリは聞く。移動中、それも2人だけなど、人々に見つかってもおかしくなかったのに。
「キャーシュのおかげよ。あの放送が流れた直後に、ここから離れた方がいいって」
「僕と母様があの場に残ったままでは、周囲の人たちに囲まれて動きが取れなくなると思って……ここも、すでに人に囲まれてる危険はありましたが、同時に姉様ならここへ来て、合流できるかと考えて」
どうやら、放送直後に移動したのも、移動先にこの場所を選んだのも、キャーシュのようだ。それも、ノアリがここに来るであろうことを予測して。
普段、キャーシュは俺よりも頭が良いんだとヤークワードからのろけ話を聞かされているが……なるほど、あながち間違いでもないらしい。
ただのブラコンではなかったようだ。
「えっと……もしも、キャーシュ様たちがここに着く前に、人々にこの家を囲まれていたら、どうしてたんですか?」
恐る恐る、といった感じに、ミライヤは手を上げる。
やはりまだ、完全に男が苦手なのを克服できたわけではない。しかも相手は貴族だ。
だが、相手がヤークワードの身内という点が、彼女から怯えを取っ払っていた。
「その場合は、身を隠して地道に探すつもりでしたよ。姉様なら、兄様の味方になってくれると思ったので」
「当然よ!」
やはり、彼らも味方を探していたのだ。
まだ真実がわからない以上、いくら身内でもミーロやキャーシュが公に姿を現すのは危険だ。
だから、なんとか情報を集めて、真実を……
「……2人共、いい?」
ヤークワードの味方であることを、宣言したノアリ。しかし彼女は、落ち着いた様子で、姿勢を正した。
その視線の先にいるのは……正面に座る、ミーロ、キャーシュの2名だ。
その、雰囲気の変わりように……自然、2人は、そして隣にいるミライヤも、固唾を呑む。
「今から私、すごく失礼なことを聞くわ。2人にとって許せないものかもしれない」
「の、ノアリ様?」
なにやら不穏な前置きをして、ノアリは言う。その先に続くものは、ミーロとキャーシュにとって、よからぬものだと。
しかし、これを言うのは必要なこと……それをわかっているから、ミーロもキャーシュも、動揺は見せない。
「ノアリ様、なにを……」
「……私は、ヤークを信じてる。ヤークがなにをしても、彼の味方でいるつもりよ」
改めて……彼の味方だと、ノアリは宣言する。
それは、ミライヤも同じ気持ちだ。もちろん、ヤークワードが殺人など、まして父殺しなどするはずがないと、そう信じてもいる。
「私はヤークを信じてる、彼がなにをしても彼の味方でいる……それは、変わらない。その上で、2人に聞きたいの」
「……なにかしら」
先ほどと同じ言葉……三度、ヤークワードの味方でいると、宣言する。
そして、その上で……ミーロとキャーシュにとって、許せないであろう質問を、する。
もしかしたら、これまでの関係性が、壊れるかもしれない。……それでも、確認せずにはいられない。
「私は、ヤークが父親を……ガラドさんを殺すという可能性は、あると思ってる。
おばさん……いや、ミーロさん。それにキャーシュ。
2人は、どう思ってる?」
……彼が、信じているというヤークワードが、父親を殺す可能性がある……
それをノアリは……曇りなき眼で真っ直ぐと、伝えた……




