信じがたい事実
「はぁ、はぁ……」
俺はなんとか立ち上がり……倒れているガラドに、近寄っていく。
そこに倒れているのは、間違いない……ガラドだ。その大きな背中は、口から血を流す横顔は……こいつは、俺の殺したかった相手で……父親だ。
手にべったりとついた血。まだ渇いていない……それに、ガラドの背中の、刺し傷。これは……
「……俺、か?」
記憶にはない。だが、状況は俺が犯人だと、言っていた。
覚えていない……だが、本当に俺が、やったのか? 近くには俺の剣も、落ちていて。刀身が血に濡れている。やはり……
「あれ……俺、剣持ってた、か?」
どう、だったっけ……ガラドが丸腰なのは、覚えている。だけど、俺はどうだったか。
復興作業中に、剣を持っていたはずがない。はずだ。しかし、現に俺が使っていた剣はそこに無造作に落ちている。
俺がやった……のか? いつか、殺すつもりで……ずっと、狙っていた。でも、今は、この状況下では、やめようと、そう思っていたはずだ。
なのに……なんで……
「はぁ、はぁ……に、逃げ、ないと……」
とにかく、こんな場面を誰かに見つかってしまう前に、この場から逃げなければ。
事実はどうあれ、状況は俺がガラドを殺したと言っている。それに、俺はなにが起きたのかも覚えていないのだ……いや、たとえ覚えていても、この状況で否定しても、それが受け入れられるはずがない。
証拠となる剣を、拾って……それから、他に俺に、繋がるものは……残っていたら、いけない。
「くそっ、なんでこんな……」
いずれガラドを殺すつもりだった。だが、それは自分の安全が確率されたと、確信してからの話。
たとえガラドが殺されても、俺が疑われないような状況……人望……それら疑われない要素を一定以上に積み上げて、初めて準備は完成する。
初めから、殺した後自分がどうなってもいいと考えていたなら、ここまで悩むことはなかった。だが、せっかく転生した第2の人生……ガラドを殺したことで、台無しにしたくはない。
周到な準備が必要だった。なのに、こんな……突発的に見える、状況は……!
「おい、そこでなにをしている!」
「!」
逃げる準備が整ったところで……声が、聞こえた。この場にいなかった、第三者の声だ。
見られた……見つかった? いや、まだなんとかごまかせるはず……どうやって、どうすれば……
「そこでなにを……おい、なんだその……血、か……?」
「キャアアア!」
「ていうか、おい……そこに、倒れているの……」
「まさか……嘘だろ?」
「『勇者』様……? ……それに、あ、あんた、その人の子供じゃないか……?」
増えていく人、人、人……いつの間にか前からも、後ろからも、挟み撃ちにされる形で、逃げ場がなくなっていた。
いつの間に、人が……てか、俺が意識を失ってから、どれくらい時間が経ってた? 血が渇いてないってことは、それほど時間は経っていないはず……だが。これだけでは決め手にならない。
もし、決して短くない時間気を失っていたとしたら、その間に、俺とガラドがいないことが気づかれて、捜しに来た……のか?
……そうだ。そもそも、あのとき急に意識を保てなくなって……変、だったんだ。
「いや、これはちが……違うんだ!」
「じゃあその手に持っているものはなんだ!」
「っ!」
指摘されたのは、俺が回収して逃げようと思っていた、剣……その刀身は、血に濡れている。
しまった……! 回収して逃げるつもりが、これじゃあますます実行犯っぽくなっている。
「これは……俺も、わからない! 意識を失って、目が覚めたら……」
「なんて下手な言い訳を!」
「とんでもないことをしてくれたな……!」
だめだ、誰もまともに話を聞いてくれない。……そりゃそうか。
ガラドは、この国の『勇者』。ある意味王族よりも人々に信頼を寄せられている。
対して俺は、その勇者の息子、というだけだ。今回の件、魔族を倒したのが俺だと広まっているかはわからないが……その程度の功績じゃ、ガラドの人望には敵わない。
いや……どんな人物であっても、殺人の現行犯ともなれば、まともに取り合ってくれる状況になどならないか。
「でも、違う! 俺じゃない! 信じてくれ!」
ここから逃げるのは、難しい。ならば、自分の無罪を、訴えるしかない。
誰か一人でも、俺のことを信じてくれれば……
「話は後でじっくりと聞かせてもらう。キミはこの国を救ってくれたひとりだ……だが、これは看破できない。捕らえろ!」
いつの間にか兵士も集まり、俺は囲まれてしまう。
なにがなんだかわからず……その場に、突っ立っていた。抵抗すれば状況が悪化することはわかる。だから俺は、抵抗もせずに……
……いや、抵抗する気力すらも、湧かなくて……か。剣を没収され、手首は拘束されていた。
「……やはり、だめです」
「そうか……」
ガラドの側にかがみ、脈を測る兵士……しかし、表情を暗くして、首を横に振るのみ。それだけで、なにを意味しているかがわかった。
傍目から見ただけでもわかる。背中に刻まれた無数の切り傷……
ガラドは、すでに……
「ヤークワード・フォン・ライオス……『勇者』ガラド・フォン・ライオス殺害の容疑で、逮捕する」




