復興への道
……眠っていた人たちが次々と目覚め、その後魔族が再び現れることもなく……国の復興は、進んでいった。
エルフ族のみんなには、リーダ様が真実をありのままに話した。残ったエルフ族は、元々この国にいたエルフの数に比べると半数以下……3分の2ほどがいなくなってしまった。
エルフ族にはやはりショックが大きく、特にアンジーの落ち込みようは見ていられなかった。村長であるジャネビアさんはアンジーの祖父……身内を失ったショックは、すぐに受け入れられるものではない。
そんなアンジーの側には、ロイ先生が付き添っている。先生は、俺に「強くなりましたね」と言ってくれて……嬉しかった。
他にも、身内を失ったエルフ族は多く……彼らは、騎士学園所属、エルフ族の教師クロード先生が見ていた。彼らは、怒りの矛先もなく、複雑な感情を押し殺すしかなかった。
「ヤーク、これはこっちでいいかな!」
「ヤネッサ……あぁ、頼む」
そんな中で、いち早く国の復興に協力してくれているのは、ヤネッサだ。
故郷を、仲間を失った悲しみはみんなと同じ。それでも、事実を知ったタイミングが他のエルフ族よりも早かったからか……立ち直った。
と、本人は言っていた。
「そんなはず、ないよなぁ」
木材を魔力を使って浮かせて動かしていく、ヤネッサ。立ち直れる……わけがない。それも、この短期間で。
あれは、から元気だ。なにかしていないと、気が紛れない……そして、そうやって弱っている彼女の力を借りないといけない、この不甲斐なさ。
まったく、嫌になるな。
「はぁ……どうなっちまうのか」
すでに、魔族襲来の日から数日が経っている。それぞれが、身の振り方を考えて、動いている。
数日の時間があっても、癒えない傷もある。人の心も、街の様子も……
「簡単に、解決する問題じゃないか」
俺も木材を運びつつ、いろいろ考える。他にもエルフ族が協力してくれれば、クルドが残ってくれていたら……考えることはあるが、ないものねだりをしても仕方ない。
今自分に、できることをするんだ。
「おぉ、ヤーク。ここにいたか」
「! 父上」
額から流れる汗を拭っていたところで、ガラドがやって来る。ガラドは人望もあるため、人々の中心となって働いている状態だ。
……こうして、2人きりで話すなんて、本来なら遠慮したいところだが。
「お疲れさん。向こうで、ノアリちゃんたちがおにぎりを用意してくれてる。食べに行こう」
「……なんですか、いきなり」
「いやぁ、お前休んでないだろ。心配してたぞ。顔くらい見せに行ってやれ」
……ガラドなりに気を遣ってくれた、ってことか?
現在、国復興のため大きく現場で働く班と食料班とに分かれている。基本的に男性が現場、女性が食料って感じだな。エルフ族は魔力が重宝されるから現場が多い。
確かに、自分で食料取りに行ってないな……誰かが持ってきてくれたのを、みんなで分けて食べるくらいだ。
「……じゃ、行きますか」
「おう」
俺はその場を離れ、ガラドの後ろをついて歩く。あちこち破壊された跡なので、街中を歩いているつもりが路地裏のような狭い場所になっていることもある。
……いつの間にか、周囲は建物に囲まれた薄暗い空間。ガラドと俺の2人きり……おまけに、ガラドは無防備に俺に背中を見せている。
今なら…………
「……バカか、俺は」
今ならば、確かにガラドに襲いかかるのに絶好の機会だ。ガラドは丸腰だし、警戒もしていない。
それを考えたが、バカバカしい。今、この状況でガラドを殺せたとして、それでどうする。国の復興中の一大事、そこにガラドが殺されるなんて事態が起こってみろ。
俺は、なにもガラドを殺すだけが目的ではない。その後、俺がガラドを殺したと知られることなく平和に過ごしていくことだ。そうでなければ、この場でも考えたが……
今ガラドを殺しても、俺にも国にも得はない。せめて、国が復興し、ある程度安定してからでないと……
「もうすぐつくぞ、ヤーク」
「えぇ……っ!?」
歩みは、止まらない……が、突然、足元がふらついた。なにかに躓いたわけでもない、急にだ。
頭がぼーっとして、体に力が入らなくなる。
「……っ」
近くの壁に手をつき、バランスを保つが……なんだ、これは。視界が、揺れるようだ……頭が、ふわふわするようだ……
あんまり、休んでいない……ガラドにそう言われたとき、実は自分でもそうは思っていたが。休んでいない分の疲れが、ここで出てきたってことか?
……けど、ただ疲れたってだけで、ここまで意識がふらつくもんか?
「……くそ……っ」
頭が、白く……なにも、考えられない。視界が、ぼやけて……前を歩くガラドの背中が、見えなくなる。
意識が……暗く、なって……
…………俺の意識は、そこで途絶えた。
……
…………
………………
「……っ、つつ……」
頭が痛む。その痛みにより、眠っていた意識が覚醒する。
なんだ、どうなった……俺は、確か……そうだ。急に頭が、ぼーっとして……それから、意識が……
いつの間にか俺は、地面に仰向けに倒れていた。視界の先には、青い空が広がっている……なんとか起き上がるが……
「っ、頭が……」
痛む頭を、手で押さえる。それで痛みが引くはずもないが、反射的に手が動いた。
しかし、なんなんだこの痛みは……視界は今ははっきりしている。痛むが、意識を失うほどではない。代わりに、なんか頭が濡れている……?
俺はゆっくりと、手を離した。頭を濡らしている、なにかを確認するために……手のひらを、見つめた。
「……は?』
それを確認した瞬間、俺の頭は……思考が、完全に停止した。
俺の手には、血がべったりと、ついていた。
「なんっ……」
なんだ、これは……血、血だよな? このにおい、手にまとわりつく嫌な感触……両手に、血がついている。しかも、おそらく人の血。
こんな大量の人の血なんて、ここ何年も見ていない。呼び起こされるのは、転生前の記憶。あのときは、しょっちゅう怪我をしていた。この両手についているのは、間違いなく、人の血だ。
両手に血がついているということは、頭が濡れていたんじゃない。血のついた手で頭を押さえたから、頭が濡れたんだ。
「う……!」
思わず吐き気を催すが、胃の中身をぶちまけてしまわないように耐える。なにが、どうなってる。
まだ血は、あたたかい。それにべったりしているということは、乾ききっていない……血が流れ、そう時間は経っていないということ。
……この血は、じゃあ、誰のものなんだ。俺か? だが、こんな血を大量に出してしまっては、相応の痛みがあるはずだ。
ならば……
「……うそ、だろ……」
手がかりを探すために、周囲を見回す。ここには俺だけじゃない……ガラドもいたはずだ。ガラドならなにか、知っているはず。
そんな思いで、左右に首を動かしていた俺は……ある一点で、動きを止めた。
信じられない光景が、そこにはあった……
「……ガラド……?」
ガラド・フォン・ライオス……『勇者』であり、俺の父親でもある、俺は殺したくて仕方のなかった男。
その男が……少し離れたところで、うつ伏せに倒れていた。
その背中から、大量の血を流しながら。




