エルフ族の結末
ヤネッサは、自分から言った……ルオールの森林へ、連れて行ってくれと。
それを受けてクルドは、当然躊躇したという。当然だ、自分の故郷が、仲間たちが燃えたその跡地を、見に行くなど。
耐えられるものでは、ない。
「だが、結局はヤネッサの熱に折れてしまってな」
先ほどと同じ言葉を、クルドは繰り返す。俺たちが気にしていたヤネッサ本人が、行きたいと言うのだ……それを止める権利は、誰にもない。
ここからルオールの森林まで、人の足では一週間くらいはかかるだろうか。だが、それもクルドに乗せてしまえば、数分と掛からない距離だ。
だから、ここで時間の問題は、解消される。
「それで……どう、だったのですか?」
一瞬の沈黙、それを割ったのはリーダ様だ。こうして、エルフの森の現状を見てきたと報告があった以上、それを正確に知る必要がある。
クルドが一歩、前に出る。
「結果から言うと……凄惨、としか言いようがない」
「……それは……」
「誰も、いなかった」
うつむくヤネッサは、苦しそうな表情を浮かべ、しかし確かに、言った。クルドは心配そうにしていたが、ヤネッサは自分の口で話すことを選ぶ。
誰もいなかった……と。
「森は焼失していた。それに……生き残りの生命力も、感じることはできなかった」
「焼失……」
……あの森は、かなり大きい。森林なんて言われているくらいだ……その中に、エルフ族の住まう集落を作っている。いや、あれはもはや村と言ってもいい大きさだ。
それが……森ごと焼失、なんて。
「しかし、森が焼失して二次被害は起こらなかったのかね?」
貴族のひとりが、聞く。二次被害……そうか、その心配もある。
あんな大きな森が焼失するくらいだ、燃え広がった炎がどこまで被害を拡大させるか……
「……森を燃やし尽くした炎は、消えていた。皮肉な話だが、おそらくは結界のせいだろう」
「結界の?」
「あぁ。ルオールの森林には魔力封じの結界が張られていたと……奴は言ったんだったな。その結界が、内側で燃え上がる炎を抑え、必要以上の被害を防いでいた……ということだ」
魔力封じの結界……それによって、エルフ族は魔力を使うことが出来ずに、なぶり殺しにされた。
だが、その結界のおかげで被害は必要最低限に抑えられた……魔族にとっての、必要最低限。なんて、ふざけた話だ。
「くそっ……」
エルフの森は焼失し、生き残りも……いない。ジャネビアさんも、エーネも、他のみんなも……! なんで、あの魔族はこんなことを!?
ふと、クルドの視線を感じた。俺が首を動かすと、視線をそらされた。
「……クルド、どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
それは、確実に言いたいことがあるという、顔。いや……言っていいのか、悩んでいる顔と言うべきか。それは、遠慮……というものだろうか。
クルドが俺に、遠慮?
気にはなるが……だが、クルドが言うべきか言うべきではないかと悩んでいるのだ。俺が、とやかく言うべきじゃあない。
「そうですか……この国に住んでいるほとんどのエルフ族は、ルオールの森林を故郷にしていると聞きます」
悲痛な面持ちで、リーダ様は口を開く。故郷を失った彼らに、いったいどのようにして真実を伝えればいいのかと。
……だが、今現在。本来この国に住んでいるエルフ族の半数以上は、すでにこの国にはいない。
「エルフ族の大多数は、私と同じようにルオールの森林に帰ってる。だから……」
騎士学園を避難場所にして、度々思っていたことだ。ここにいるエルフ族の数が、異常に少ないと。
別の場所に避難しているのかとも考えたことはあったが……そのほとんどが、ヤネッサと同じようにルオールの森林に帰っていた。いや、おびき出された。
あの魔族の手によって。
「っ……助け、られなかった」
「ヤネッサ……」
ヤネッサの表情は、暗い。故郷を、仲間を……奪われたのだ。それも、目の前で。
燃える森から、ただひとりだけ、命からがら逃げ延びた。本当は、ひとりでも助けたかっただろう……実際に、行動に移したのかもしれない。だが、結果としてヤネッサは誰も助けられなかった。
その無念は、考えただけでも胸を掻きむしりたくなるほどだ。もしかしたら、助けようとして、みんなから逃がされたのかもしれない。
その真実は、ヤネッサにしかわからない。が、今の彼女から聞くことは、できなかった。
「なんにしても、これでルオールの森林確認へ送り込む人員を割く必要は、なくなったというわけですな」
「!」
「終わった話を蒸し返しても、仕方ないでしょう。悔やめば森が元通りになるとでも?」
先ほどルオールの森林に人員を割くのを良しとしない意見を出していた男が、口を開く。その内容に、ヤネッサはうつむき、場の空気がピリつくのを感じた。
……男の言っていることは、内容だけなら正しいのだろう。確かにここでいくらエルフのみんなに想いを馳せようが、みんなが帰ってくるわけではない。
それをあんまりだと感じてしまうのは……俺が、エルフ族と深く関わっているからか?
「えー……残っているエルフ族たちには、ボクから説明をします。みんな、まだ眠ったままですが」
険悪になりかけた空気を、リーダ様が切り替える。
どうあれ、ここで俺たちがエルフ族のことを考えても仕方ないのは事実だ。
「その、未だ眠っている人たちは、いつ起きるんですか?」
貴族のひとりが、誰に言うともなく聞く。それを受けて、答えられる者はいなかった。
だから、俺は別のことを、ヤネッサに聞く。
「ヤネッサ、結界は……魔力封じの結界は、どうなってる?」
「! そういえば……なくなってる、かも」
それを聞いて、場に安堵の空気が流れる。結界が消えたということは、時同じくして眠ってしまった人たちも時期起きる可能性が高い。
それに、エルフ族が起きれば、傷ついた人たちを魔法で癒やせる。魔力は、もう使えるのだから。




