守るために
ヤークワードとクルドが魔族を追い詰める、暫し前……
「はぁ、はぁ……」
そこには、剣を構えたひとりの少女が、立っていた。彼女は、自身を囲うように周りにいる、黒い魔族を見て、小さく舌打ちをした。
ここは、騎士学園の広間……見回りに出たヤークワードとクルドの帰りを待つ間、彼女はできることをやっていた。負傷者の手当てを率先的に。
だが、騎士学園で彼女の評判を知っている者はともかく、ここには外部の人間も混じっている。"平民"の世話になどならないと、頑なな様子で彼女を拒絶する者が大半だった。
それでも、彼女はめげることなく、走り回った。なにを言われても、諦めないこと……それを、彼女は友人から学んだからだ。
そんな折……
「うわぁああああ!」
どこからともなく、叫び声が響き渡る。それも、ひとりや2人ではない……あちこちから、聞こえるのだ。
すぐに、彼女は……ミライヤは、動いた。平民である彼女は自分の剣を持ってはいないが、ここは騎士学園。貸し出し用の剣などいくらでもある。
誰にともなく「お借りします」と剣を持ち、叫び声の方へと向かう。とはいえ、叫び声はあちこちからだ……探すまでもなく、その異変を目にする。
「これは……」
そこには、黒い鎧……否魔物が、湧いて出ていた。人々の影から出てくるそれは、逃げ回る人々を襲う。
呆然とするミライヤがハッと我に返ったのは……足を、掴まれたからだ。自分の、影から出てきた魔族に。
「きゃあ!?」
すぐに振り払い、距離を取る……が、影と本体とは付いて離れないもの。魔族が完全に出てこない限り、離れることは出来ない。
剣を、抜く……それを魔族の手に振り抜くが、ガギンッと激しい音がして、弾かれるだけ。ミライヤの力では、魔族に傷ひとつ付けることが出来ない。
それに、自分にはヤークワードやノアリが褒めてくれた、居合い以外に誇れる剣技など、ない。
どうしようどうしようどうしよう……今、この場にヤークワードやクルドはいない。ノアリやガラドは残っているが、この数をどうにかできるとは思えない。
「みな、みなさん! 落ち着いて……!」
しかし、それは人々の叫び声により、かき消されてしまう。
ここは、騎士学園……ミライヤより力のある人間など、山のようにいる。だが、突如現れた襲撃者に、混乱の方がみな大きいのだ。
しかも、相手は魔族。生半可な攻撃は通用しない。加えて、この数だ。
「っ、気絶している人の、影からも……!?」
もしもひとりひとりが落ち着いて対処できれば、あるいは勝ち筋はあったかもしれない。なにせ、影は本体と同じ強さなのだから……ひとり一体、対処できれば。
だが、甘くはなかった。魔族は、気絶している人たちの影からも出現しているのだ。
気絶して動けない人間の影からも、魔族は出てくるのだ。つまりは、数の上でも不利になってしまっていると、いうことだ。
「や、やだ……!」
ついにミライヤの影から飛び出した魔族が、ミライヤに手を伸ばす。ミライヤは、それを反射的に押しのける……魔族を突き飛ばすが、反射的に自分も尻餅をついた。
魔族は、すぐに起き上がってくる。それに、増える魔族は人々を襲う。気絶している人間も、関係なく。
「……ぁ」
その時、見た……見えて、しまった。少し離れた所に、寝かせられている人たち……その中に、よく知った人間がいるのを。
彼女に、魔族が手を伸ばしているのを。
「や……」
気絶している彼女に、魔族を押しのけることは出来ない。それがわかったとき……ミライヤの中で、なにかが切れた。
自分は、どうなってもいい……だけど、"友達"には。絶対に、手を出させない。
「やめろぉおおおおお!!!」
バリバリッ……!
……刹那、周囲に瞬く光が走る。否、それは光ではない……それは、雷だ。
ミライヤの影から出てきた魔族は、周囲にいた魔族は、彼女に手を出そうとしていた魔族は……まばたきをする一瞬の間に、なにかに焼かれたように焦げ、倒れ……消滅した。
ミライヤは、離れた所にいたはずの、彼女を背にするように、立っていた。
「……ごめんね、リィ。怖い思いさせたね」
ミライヤは、背後で眠るリィの頬を、そっと撫でた。
彼女は、ミライヤにとって唯一無二とも言える、気を許せる友達だ。
ミライヤとリィは、この学園でただ2人の平民。さらに寮も同室だ。信頼しているという意味ではヤークワードとノアリも同義だが、同じ平民という同じ立場で心を許せるのは、リィだけだ。
「な、なんだ? あの変な奴らが、消えて……」
「助かった、のか?」
周囲の魔族が倒れたことにより、襲われていた人々も自由になる。
しかし、学園内ではまだ、襲われている人間はいる。証拠に、まだ悲鳴は聞こえているのだ。
「ね、ねえ、あの子……なんか、光ってない?」
「それに……額から、角? 生えてないか?」
その身に雷を纏い、額から白い角を生やしたミライヤの姿に、人々は動揺の声を上げる。
獣人族でも、こんな見た目の者はいない。そして、ミライヤは知っている……自分が、何者なのかを。
クルド曰く、ミライヤには鬼族の血が流れているという。先祖に、鬼族がいたのだ。鬼族とは、もはや存在すら知らぬ者が多い古の種族。
「……」
以前、エルフシン・セイメイと相まみえた時、鬼族の血が覚醒した。あのときは無我夢中だったが、今はちゃんと意識がある。
周りが、自分をどう思うか……そんなのはもはや、気にならない。だって、自分をちゃんと見てくれる人は、自分が好きな人でさえいてくれればそれで、いいのだから。
そして、その人たちならきっと、こうする。誰かを守れる力があるなら、その力を誰かを守るために、使う。
「! 集まってきた」
今の騒ぎのせいか、魔族が集まってきた。部屋はすぐに、どこを見ても魔族がいる空間へと変化してしまう。
後ろには、周りには、守らなければならない人たちがいる。その中には、ミライヤを平民だと嘲った者も、いるだろう。
それでも……
「ここは、私が守る!」
ヤークワードなら、ノアリなら、きっとこうする。周囲を囲む魔族の姿に小さく舌を打ちつつ、ミライヤは雷纏いし剣を、構えた。




