圧倒的な力の差
「クルド……?」
破壊力を重視するなら、今の竜の姿のままがいいはずだ。だが、戦場となっているのは町中……竜の巨体では、周囲への被害も甚大だ。
俺は別に周囲への被害は気にしなくてもいいと思う。逃げ遅れた人もいないだろうし。だが、真面目なクルドはそもそも被害自体を良しとしない。
ならば、周囲への被害を抑えるためにも、機動力を重視して人の姿になるべきだ。その方が、クルドも動きやすいだろう。
なのに……
「くっ……」
「ふははっ、困りましたねぇ。今のあなたでは、私の速さにはついてこれない。しかし、人の姿になったあなたでは、私の力には太刀打ちできない」
「っ……」
俺の疑問に答えるかのように、魔族が高らかと笑う。冗談だろ……と言いたくなる内容だが、歯を食いしばるクルドの表情を見ると、冗談とは言えなくなる。
だが……嘘だろ? 竜の姿では魔族の速さに追いつけない。速さに追いつこうと人の姿になれば、今度は力では敵わなくなる?
「クルドの力でも、あの魔族の方が力が上ってことなのかよ……」
暴走していたノアリを止めたのは、人の姿の状態のクルドだった。手加減をした状態で、大気が震えるほどのパンチを放っていた……
それでも、魔族には通用しないっていうのか?
「ぅ……ん……」
「! ヤネッサ!?」
気を失ったままだったヤネッサが、ゆっくりと目を開ける。傷は塞がっていたが、意識も戻ったようで良かった。
とはいえ、あんな深手……死んでいてもおかしくない傷を負った直後だ。まだ安静にしておいた方が、いい。
ヤネッサは、周囲を見回す。その視線の先には、クルドと魔族の姿……
「あれ……クルド……?」
「あぁ、そうだ。クルドが、ヤネッサの出血を止めてくれて……」
最終的に、ヤネッサの傷は俺から流れ出た魔力……と思われる力で塞がった。だが、それよりも前に傷口からの出血を止めてくれたのは、クルドだ。
クルドがいなければ、ヤネッサは……そう思うと、震えが止まらない。
「……行って、ヤーク」
「え……けど……」
「私なら、大丈夫、だから……クルドを、助けて、あげて……」
この状態のヤネッサを、放っておくのは抵抗がある。とはいえ、このままクルドひとりに戦わせているわけにも、いかない。
意識が戻れば、先ほどより危険はない……だろうか。
「わかった。ここで、休んでてくれ」
俺はヤネッサを、近くの建物の壁に座らせる。寝転がっているよりは、この体勢の方が楽とのことだ。
「……ヤーク……その、目……」
「へ? ……あぁ、これ……なんだろうな」
俺の顔へ、手を伸ばすヤネッサ。その言葉が、俺の目がまだ元に戻っていないことを示していた。
この、まるで燃えているかのような右目。そうなってしまった原因は分からないが、今はさっきまでの、体の中がぐちゃぐちゃになるような感覚はない。
代わりに、力はまだある、というような感覚は残っている。
「この力がなにか、わからないが……これなら……」
さっきまで、魔族を押していた。この力であれば、クルドの足を引っ張ってしまうことは、ないはず。
今のところ、力がみなぎってくる以外に、異変はない。
「ヤーク……」
「大丈夫だ、あいつ倒して、すぐに戻ってくるから」
まだなにか言いたそうなヤネッサだが、もう喋るのもつらそうだ。
漆黒の剣に突き刺されたこと以前に、ヤネッサは目の前で故郷を、同胞を、燃やされたんだ……すでに、精神的につらいはず。少しでも、休んでいてほしい。
俺はヤネッサに背を向け、戦いを続けるクルドに加勢するため、駆け出す。
「クルド……!」
クルドと魔族の戦い。クルドは竜の姿のままだ……魔族の速度に翻弄されているのか、その体には無数の切り傷が刻まれている。
いくら、力では魔族に対抗できなくなるとはいえ……今のままでは、その力さえも魔族には当たらない。それに、ただなぶられるだけだ。
「クルド!」
「! ヤーク……」
駆け飛び、クルドの眼前に迫る魔族の剣を、間一髪防ぐ。相変わらず思い一撃だ……油断したら剣ごと、体を斬られてしまうだろう。
「ふん……ぬ、らぁ!」
俺は、力任せに魔族を振り払う。よし、なんとかくらいついていける……!
地面に着地し、魔族を牽制するように剣を構える。
「クルド、無事か!?」
まさか俺が、クルドにこんなセリフを言う時が来るなんてな。
「あ、あぁ、なんとかな……ヤークこそ、その手は……」
「手? ……動いてる」
クルドに指摘されて気付いたが、折れていた手が……なんともなかったように、動いている。どうなってるんだ?
さっきヤネッサが回復したのと、なにか関係があるのだろうか。
「なんか知らないけど、大丈夫みたいだ」
「……そうか。すまんな、我の力では、せいぜいが血を止めることしかできん」
……なるほど、だからクルドは、ヤネッサの出血は止められたのに、俺の折れた手は治せなかったわけか。
思い返してみれば、竜族の村でクルドに打ち合いをしてもらっていた時。俺の治療をしてくれていたのは、いつもアンジーだったな。
「ヤネッサは、とりあえず隠れてもらってる」
「そうか、その方がいいな」
俺とクルドと、並び立って魔族と対峙する。数の上では、こっちが有利だ。
それでも、油断できない相手だ。かといって、このままにらみ合いを続けるわけにもいかない。
なにせ、相手は魔力が使えるのだ……時間を与えれば、それだけこっちが与えたダメージを回復させてしまうだろうから。
「ふぅ……行くぞ!」




