それはまるで魔力のような
咄嗟に、ヤネッサを守るために突き出した左腕……それが、宙を舞っていく。赤い血を、周囲に撒き散らしながら。
痛い、痛い痛い……いや、痛いなんてもんじゃない。なんだこれ、斬られた部分が焼けそうだ!
ヤネッサも、右腕を斬られたとき、こんな痛みが襲っていたのか……
「ぐっ、うぅううっ……!」
歯を食いしばり、叫び声を上げてしまわないように耐える。もしここで声を上げてしまえば、ヤネッサに気づかれる……
クルドのおかげで血が止まったヤネッサは、今気を失っているに近い状態だ。そんなヤネッサに、ヤネッサを守ろうとして左腕が斬られたなんて知られたら……余計な気を、遣わせてしまう……!
「ヤーク!」
「おぉ、腕を犠牲にして守るとは。私には理解できない行動……ん?」
「ぐっ、ぬぅうううう……!」
なんか、斬られた場所が変な感じするし……さっきも感じた、力が湧き上がってくる……って、やつか?
歯を食いしばり、痛みに耐え、飛んでいく左腕を見ながら……俺は、願った。あの魔族を、殺せる力がほしいと。
その瞬間……左腕の、千切れた部位からなにか、黒いもやのようなものが、出現する。それがなにか、考えるまでもなく……それは、飛んでいく左腕を、捕まえるかのように、断面部分へとくっついた。
そしてそれは、まるで左腕を引っ張るようにこちらへと持ってきて……千切れたはずの部分を、くっつけた。
「……!?」
左腕が……くっついた? 手も、動く……どう、なってるんだ。
それに、今の黒いもやは……
「魔力……? ……?」
なぜだか、自然と口をついて出た……"魔力"と、いう、単語が。
なんだ、今、なにが起こった? 腕が斬られて、斬られた箇所から黒いもや……魔力……が出てきて、斬られた左腕を捕まえ、体に引っ張ってきて……
くっついた……まるで、最初から斬れていなかったように。元から、そのままであったかのように。
「どう、なってる?」
そもそも、千切れた腕を元に戻すことなど可能なのか……ヤネッサが右腕を斬られた時は、時間の経過がひどくてくっつかなかった。現に、ミライヤの両足はすぐの処置だったから繋がった。
近いのは、これだ。
セイメイのように、腕を生やすこともできるようだが……それとは、違う。だが、そもそもの話……これらは、どちらも魔力を必要とするもの。
人間は、魔力を持たない。魔力を持つのはエルフ族と魔族だけのはずだ。だから、俺に魔力など、あるはずがない。
「これは驚きましたね……まさか、自動修復するとは」
「!」
「ゴギャアアア!」
「おっと」
驚いた、と言いながら魔族からは驚いた様子は伺えない。クルドと戦いを続けている。
この異変は……そうだ、あの魔族に斬られてからだ。
魔族の、漆黒の剣に斬られて……体の中から、力が湧き上がってくる感覚があった。それが、関係しているのではないか?
「ぁ……う……」
「ヤネッサ!?」
腕の中のヤネッサが、小さなうめき声を上げる。痛みに苦しんでいるのか……やはり、血を止めただけでは足りないか……!?
その時だ。体の中から感じていた力……それが、形を持って目に映る。黒とも白とも見える力は、流れ……ヤネッサの体へと、流れ込んでいく。
「んぅ……」
「ヤネッサ?」
「っ……ヤーク、の……はいっ、て…………あつ……っ」
果たしてこれは、なにが起こっているのか……自分の意思でやっているわけでもないので、止めることもできない。ただ、目で見たものだけが真実だ。
悶えるように、身を微かに動かしていたヤネッサの体は……傷が、消えていく。そして、腹部の傷にも、変化が……
「まさか……」
悪いと思いながらも、俺はヤネッサの服をめくり上げた。この国で暮らすようになって、以前とは違ってちゃんとした服を着ている。それはともかく、漆黒の剣が突き刺された、腹の部分……そこには、目を背けたくなる傷が、あるはずだった。
だが、そこには……なにも、なかった。最初から、刺されてなどいなかったというように。傷跡は、残っていなかった。傷が、塞がっている……だと?
もしも服についた血まで消えていたら、刺されたのは俺の妄想だったのかと、疑いたくなるほどだ。
「嘘だろ……どうなってんだ、いったい……」
もしも、あれが……魔力だったとして。なぜか俺から出てきた魔力がヤネッサの体に入り、ヤネッサの傷を治した。回復魔法で傷を治すように。
そう考えれば、筋は通るのだが……
「オォオオオ!」
「はははっ、楽しいですねぇ」
ドンッ……!
考え事にも、集中させてくれる状況じゃないらしい。魔族は、愉快そうに笑いながら、竜の姿のクルドの拳を受け止めている。
あの体格差で、クルドと互角にやりあっているっていうのか……! どれだけ、とんでもないやつなんだ。
転生前、魔族は見たことがある。それを含めても、あの魔族が異常な強さを持っていることは明らかだ。
「オォオオオオ!」
「そんなに暴れたら、町を破壊してしまいますよ?」
「っ……」
クルドが竜の姿に戻り、圧倒的に戦いは進むかと思われた……が。
竜の大きな姿では、派手な大立ち回りはかえって周囲の被害を大きくしかねない。なにより、あの魔族に竜の姿のクルドの力が通じていない。
逆に魔族は、身軽な体でクルドを翻弄するように、飛び回る。その過程で、クルドの体に無数の切り傷を刻んでいくのだ。
あの竜の鱗を、簡単に切り裂いていくなんて……
「クルド、町への被害は気にするな!」
「そういうわけにも、いくまい!」
「なら、人の姿になるしか……」
でかければ被害が大きくなる、ならば小さくなればいい。それくらいはクルドもわかっているはずだ。
だが……クルドは竜の姿のまま、人の姿になろうとは、しなかった。




