ただの足手まとい
予想していたよりも、早い魔族の襲来。しかも、また気配も気取らせずに……
しかも今回は、襲撃の直後だ。警戒していた。それなのに……クルドに言われるまで、背後に立たれていたことさえも気づかなかっただなんて。
「……!」
そのクルドは、魔族の姿を目に収めるや飛び出し、渾身の一撃をおみまいした。まともにくらえば、丈夫な魔族であろうとも無事では済まない一撃だ。
それを、魔族は涼しい表情で、受け止めている。それも、片手で。
「これはこれは。まさか竜族ですか……驚きましたよ」
と、まったく驚いたようには見えない魔族が、俺に視線を送る。
今のクルドは、人の姿をしている……とはいえ、普通の人間よりは獣人寄り。翼も尻尾も隠しているし、ひと目で竜族とはわからないはずだが……肥大化し、本来の竜の姿へ戻った右腕を見て、そう感じたのか。
それとも、竜族特有の気配を、感じたのか。
「……まさか、そのような余裕の態度で受け止められるとは、思わなかった」
「余裕だなんてとんでもない。危うくやられてしまうところでしたよ」
クルドは腕を引き、じっと魔族を見据える。魔族の態度は、ひょうひょうとしたもので……とても、今のセリフを本気で言っているとは思えない。
俺は、クルドの隣に、並ぶ。
「おや、怪我はもうよろしいのですか?」
魔族は、俺の折れた手を気にしているようだ。魔法が使えないこの状況、そもそもエルフ族も見当たらないこの状況で、怪我をすぐに治すのは不可能だ。
それでも、一晩休み……多少なりとも、痛みは引いている。
「お前なんかに気にしてもらうほどじゃねぇよ」
「やれやれ、嫌われましたね」
「……こんなに早く、来るとはな」
まだ逃げ遅れた人がいないか、リーダ様のように捕まっている人がいないか……それを確認するために、こうして見回りをしていたわけだが。
まさかこうして、早くも魔族と再会することになるとは思わなかった。
俺が魔族の気配を感じ取れなかった……おそらく、学園のみんなも、気づいてはいないだろう。援軍は期待できない。
とはいえ、こちらにはクルドがいる。心強い味方だ。
「私としては、またあなたに会えて喜ばしく感じているのですがね」
「眠った人たちを起こす手段を聞き出す以外に、俺はお前には会いたくなかったよ。その方法教えてとっとと失せろ」
こいつはアンジーを、先生を、ノアリをひどい目にあわせた。俺の中では、すでに許せないタイプの存在となっている。
このまま消えてくれるか、それとも俺自身の手で完膚なきまでに倒すか……それくらいは、してやりたい。
「簡単な話です。彼らが眠っているのは、我々の魔術……いや、呪術によるもの。なので、それを解除するには術者を倒せば……」
「わかった」
隠すでもごまかすでもなく、おそらく正直に話す魔族。これが、魔術でなく呪術であること……そして、呪術を解くには術者を殺すこと。『呪病』事件のときのように。
それだけ聞ければ、充分だ。俺は剣を引き抜くために手を添えつつ、魔族へと突撃する。
魔族の懐へと入り込むが、魔族は抵抗する様子すらない。避けようとも、しない。クルドの一撃を受け止めたのだ、生半可な攻撃は通用しない!
ならば、殺意の乗せた一太刀を……!
「……いい一撃です。激しい殺意を感じますね」
魔族の首を狙って放った一太刀は、やはり魔族に受け止められる。魔族の皮膚は硬いとはいうが、素手で刃を掴むなんて……とんでもないな。
それに、刀に乗った殺意も、感じ取ったようで……
「この殺意は……なるほど。あなた……他に、殺意を向けている相手がいますね?」
「!」
「感じますよ。あなたが、私以外に殺してやりたいと思っている人間がいると、考えているのを」
こいつ……俺の殺意から、そんなところまで読み取るのか。ガラドに対する、殺意を!
いくら力を込めても押しきれないし……この細腕のどこに、こんな力があるんだ。
「ちっ、悔しいけど俺だけじゃお前には勝てない。でも……」
「!」
いくら鍛錬を重ねても、今はまだ魔族一体にさえ届かない状況だ。ライヤだった頃とは違って、小さい頃から鍛えていても、結局は魔族にも勝てない。
対して、俺が殺したいと思っているガラドは、魔族とも渡り合える実力だ。こんな状態で、あの男を殺そうだなんて……
だが、今悔やむのは力不足ではない。俺は、ひとりではないのだから。
「ぬぅおぉおおお!」
「そんなことだろうと、思いましたよ」
魔族の背後から、クルドが迫る。俺が魔族の注意を引き、その隙にクルドが魔族の死角から迫る作戦だ。
しかし魔族は、それを予測していたかのようで……
「お、おぉ?」
受け止めている、俺の剣。それを握り締め、俺ごと剣をぶん投げる。放り投げられたその先にあるのは、クルドの拳だ。
こいつ、俺を盾にクルドの攻撃を防ごうと……!
「甘いわ!」
だが、クルドも魔族の動きを予想していたのか……それとも、咄嗟の機転を働かせたのか。
握り拳にしていた手を開き、飛んできた俺の体を手のひらで受け止める。そして、逆の拳で再度魔族へとぶん殴る。
再度迫る拳に、魔族は焦ることなく……
「むん!」
その場で回転し、勢いづけた蹴りを放つ。蹴りは拳と衝突し、その場で衝撃波が生まれる。
「っ……」
どちらも、強烈な一撃……くそっ。これじゃ俺は、ただの足手まといじゃないか!




